ミュンヘンの夜

先日のオーストリア公演の最後の夜。

ハル・イン・チロルでの舞台が22:10時に修了。で、準備ができたらすぐ出発という話だったのですが、来るはずのバスが来ず、そのまま23:30まで待機。やっと来たバスに揺られてミュンヘンへ。

オーストリア→ミュンヘンというと、ヒトラーのオーストリア侵攻を思い出す。あれはワルシャワだったけど。

ミュンヘンのホテル到着は02:10。

「今日は二人部屋です」という話と「04:40に起床!」との連絡を受け、部屋に行く。部屋はなんとダブル。

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男2人でダブルベッドはちょっとなあ。

これをアレンジしたのはアムステルダムのプロデューサー。ヨーロッパの人って同性同士でのダブルって平気なのかなあ。

同室の人とも、「若いときならいざ知らず、この年になって、この待遇はねえ」と悲しむ。僕の方が(ほんのちょっと)若いので、自己申告でクッションを床に敷いて寝ることにする。

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石の床は冷たい。氷の上に寝ているみたい。クッション一枚ではキツイ。でも、奥の細道の旅よりは格段にいいしね。

芭蕉の「蚤虱(のみしらみ)馬の尿(しと)する枕もと」などを思い出して横になるも、寒くて眠れず、04:00には諦める。

が、ベッドでゆっくり寝ていたら2時間ちょっとの仮眠はきつかったかも。元気な目覚めでバスに乗り込む。

そんなミュンヘンの夜でした。

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そうそう。Twitterにも書いたのですがブリティッシュ・エアーのロンドン→日本間のビデオプログラムで英独のサッカーの歴史があって、ボビー・チャールトンやベッケンバウアー、ゲルト・ミュラーなどの雄姿を見る。

ボビー・チャールトンってシュートがすごいってイメージがあったけど、ドリブルを含めてボールの扱いも異常にすごい。それとゲルト・ミュラーの突っ立ったまま腰をぐわん!と捻っての無理矢理シュート。信じられないパワー!

当時のサッカーって個人技がすごい。しかも泥臭い。いいなあ。

ジョージ・ベストも見たかったけど英独のワールドカップの映像が中心だったので、出ていませんでした。

当時のプレイをロルファーの目で見直してみると、すごく面白いかもと思った。

今度こそ、インスブルックよ こんにちは

帰国しました。3泊5日の超バタバタ海外旅行(前に1泊3日ってあったけど)。

さて、インスブルックだと思ったところが実はハル・イン・チロルという町だったということを書きましたが、そこからインスブルックまでは約10キロ。せっかくなのでちょっと行こう!という話になり、行ってきました。

そうそう。「インスブルックよ、こんにちは」というタイトルは「インスブルックよ、さようなら」という歌を踏まえています。インスブルックと聞いたとき、実はこの歌の題名だ、としか知りませんでした。インスブルックがオーストリアということすら知らなかった。

行ってみると大きな街でした。

以下、写真はクリックすると大きくなります。

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【大きな劇場】

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【王宮もあった】

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ケーブルカーが出ているということで山の上にもあがりました。1905m!

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【ケーブルカーで上がっている所】

山の上から下界を見下ろす(写真ではあまり雰囲気が出ませんが、かなり高いところから見下ろしている感じです)。

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眼下には「インスブルック」の名前の由来になったイン川も流れています。インスブルックとはイン川の橋という意味。

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では、山の景色をいくつか。さすがアルプスですね。

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この写真は宮廷教会。皇帝マキシミリアン祇い領酩世任后奮梓僂斑罅法

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中に入ると黒い銅像がたくさん。「黒い仲間たち」と呼ばれている銅像群です。いいなぁ。黒い仲間たち。

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近くの小学生たちが先生の話を聞いていた。ワイワイ騒ぐけれども先生の話術に引き込まれる(?)。

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人気のあるのは、この天狗みたいなクチバシのやつ。

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それとこれ。「これはお母さんのような髪型をしているけど、男ですよ」とかなんとか言っている。実はハプスブルグ家の始祖。股間にすごいのがあるけど、このことに関しては説明はしてなかったかなあ(聞き取れるほどの語学力がないので、本当のとところはわからない)。でも、子どもは絶対に気になるよなあ。

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インスブルック名物(だそうです)の金の屋根。

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・・と、そのズーム。

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インスブルックの不思議なところは道路を挟むと、以下の二つのように建物が全く違った様式になるところです。

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<この建物群が道路一本はさむと・・>

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むろん世界のマックも健在!

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遠くに山々を眺めながら、お茶をする。

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上の写真の左上のズーム。

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おまけ2つ。

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インスブルックは数時間しかいなかったけれども、今度はゆっくり行きたいなあ。

ハル・イン・チロルの街中散歩

引き続き、インスブルックだと思い込んでいたハル(HALL)・イン・チロルの街中散歩です(写真はクリックで大きくなります)。

教会がたくさんある。そのうちのひとつ。

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入る。ゴシックっぽい・・けど、ちょっと違う?

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不思議とセンターが外されている。よくあるのかな。こういうこと。

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写真には撮らなかったけれども、ここには頭蓋骨がたくさんあった。肋骨もある。

町の中の通りを示す看板。わかりやすい。

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カフェを示す看板。こちらは立体的。

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さすがチロル。遠くに雪の残る山をいただく。

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申し合わせ(リハーサル)後に外に出たら夕暮れになっていた。夕暮れの町。

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インスブルックよ、こんにちは

本当に長い間、ブログを更新しませんでした。

さて、いまはオーストリア公演中。

日曜日の朝に出たのですが、朝から大変。

まずは強風で首都圏の交通網がマヒ。その影響が成田エクスプレスにあるかどうかを恵比寿駅で聞いたら「FAXが来ていないから大丈夫」とのこと。が、品川まで行ったら、止まってた。おいおい。

で、怒っても仕方ないので、そのまますぐに山手線に乗り日暮里へ。京成は動いていて、しかもギリギリSkyLinerの指定券が取れました(ギリギリというのは僕の少し後ろの人はもうダメ)。

これはかなり早めに出たからよかった。

そんなこんなで集合時間にはちゃんと間に合った。

が、乗る予定のブリティッシュ・エアーがストで急遽ルフトハンザに変更!・・・と思ったら、朝出発のはずの飛行機が機材(飛行機)未着ということで16時に変更。約7時間遅れ。

病人が出たらしいのです。

で、12時間半かけて20時頃(日本時間では明けがた4時頃)にミュンヘンに到着。そこでちょっと軽い食事。そして、またバスに乗り込み2時間半かけてやっとインスブルックに到着。

用意されていたホテルが歴史的ホテルとかいう素敵なホテルなのですが、エレベーターが途中までない。

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【ホテルの外観(翌日撮影)】

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【入り口(翌日撮影)】

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【ロビー】

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【部屋への入り口】西部劇みたい

部屋はダブルルーム(むろんひとり)だし、ちゃんとLANもありました。

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いつも変換器をひとつだけ持っていき、あとはこんなタコ足配線。PCと携帯とiPhoneと帰国後用のEmobileを充電。

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翌朝は街中の散歩。中世の面影を残す、素敵な町です。2時間も歩かないうちに市街はすべて踏破。

で、町を歩いているうちに、実はここがインスブルックではないことが判明。今回の公演はガイドもいないので、誰もここがインスブルックではないということを知らなかったのです。

ハル(HALL)・イン・チロルという町。ハルは塩です。塩とドルの元にもなったオーストリア銀貨鋳造で一時期はかなり栄えた町だったそうです。インスブルックと間違ったけど、でも、本当にいい町です。

四民の方外『奥の細道』プロジェクト

NPO法人『天籟』の来期事業として、四民の方外『奥の細道』プロジェクトが本格的に始動!

四民の方外とは士農工商の四民の外に生きる!という江戸時代の俳諧師の生き方。不登校とか引きこもりとかニートとかリストラとか<四民>の付けた呼び名に安住せず、四民の方外での生き方を探る旅を。

・・とTwitterに書いた。

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芭蕉は、世に出ることがほとんど不可能!という出自をもつ。彼は「そんなのイヤだ」とさまざまな努力をするがすべて裏目。ついに「士農工商」という四民の外に生きよう、と決意。さまざまな紆余曲折と工夫と、そして「奥の細道」の旅でそれを完成させた。

「社会(四民)」の中で生きるのがキツイ人々を、無理やり「社会(四民)」復帰させようとしているのが今の政策。不登校やニートや引きこもりに対するね。で、これが全然、うまくいってない。

・・・ではなく、むしろ積極的に「社会(四民)」の外で生きると決意することによって、その方法を探り、そしてその力を「社会(四民)」に還元する、そんな方途があってもいいだろう、と思う。

そのために大切なのは「旅」。からだを使うこと!

定住していても心は放浪という「定住漂泊」があるように、自分の殻に閉じこもったままでも、しかし体は放浪するという「引きこもり漂泊」があってもいいんじゃないか。

在原業平の東下りの旅なんてモロそれだし(彼は杜若と出会うことによって外に目が向く)、「歌枕見て参れ」と追放された実方の旅だってそうだし(彼は客死してしまう)、なんといっても能のワキ僧の旅は、もうまさにそれ(彼は亡霊と出会う)!

『奥の細道』だってそうだ!

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で、平日の一週間、歩けるような立場にいる人(仕事をしてないとか、学校に行ってないとか=「社会(四民)」の外にいる人)と『奥の細道』を歩きつつ、歌枕に出会ったり、俳句などを通じて抒情世界と親しんだり、そして何より自分の身体と出会ったりする旅をする、というのがこの企画。

ロルファーの大貫毅朗さんも一緒に歩きます。事前に行う「歩きたい体を作るワークショップ」と、歩きながらのアドバイス、そして一日歩いた後のメンテナンスを、大貫さんと安田とが行います。

また、臨床心理士も一緒に歩き、歩きながらの「てくてくカウンセリング」も実施の予定(これはまだ調整中。なんといっても一週間なので)。

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最初は深川〜日光までの、ほぼ旧・日光街道に沿った旅。詳しい日程は、またアップします。

このプロジェクトにCGやCMを手がけている(株)グリオより、記録用のビデオカメラと、それをアップロード・更新するための(未発売ですが)iPadをご提供いただきました!

皆様の有形無形、物品、金銭のサポート、お待ちしております。

そうそう。できれば宿泊の先々で寺子屋を開ければと思っております。お心当たりの方、どうぞよろしくお願いいたします。ご興味のある方、寺子屋を主宰してやろうという方、ご連絡をお願いいたします。担当者より連絡をさせていただきます。

info@watowa.net

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いまは国土地理院の25,000分の1の地図と格闘中!

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