ブログの更新が滞っており、申し訳ございません。

年末、新年と東京を離れることが多く、バタバタしています。合間にTwitterはしています。

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さて、先日、黛まどかさんとロルファーの中村直美さんと食事をしたのですが、そのときに黛さんも僕も(いわゆる)おいしい食事にはほとんど興味がない、ということが判明!

むろんおいしいものは嫌いではないのですが、しかしだからといっておいしくなければいけない!というわけでもない。

以前に東京から和歌山まで山の道を歩いたときも、ほとんどインスタントラーメンだけですごしました(ときどきパン)。かなりの日数、人に会わないのですから、なるべく軽く、そして水で増えるものといったらインスタントラーメンが最高です。

黛さんはともかく、僕は貧しい漁村で育ったし、家だってそんなに裕福ではなかったためか、子どものころの夕食はかなりの割合を、そこら辺にあるものですませていました。

まずは海に行って、アサリやベーボ(貝)や海草や、そんなものを取ってくる。周りの家が全部が漁師なので魚はよくもらった。砂浜からは浜ボウフとか蓬とか、そんなものも取ってくる。そして防風林に入ってキノコを取ってきて、さらに火を起こすための松ぼっくりも拾ってくる。父はマサカリで木を叩き切り、子どもたちはナタでそれを割る。海に潜ってカキを取ってくることもあった。あ、ウニもいっぱいあった。

よく、「そんな自然のものを食べることができて、それは贅沢だよ」と言われますが、そんなことはありません。自然のものではなく、「そこら辺にあったもの」なのです。

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古代の料理人は男性でした。

それは料理人が、「火」と「金(金物)」を司る職業だったからでしょうか。

古代の中国の話ですが、「夏」王朝を倒し「商(殷)」王朝を建てるのにもっとも功績のあったのは「伊尹(いいん)」です。彼は料理人でした。また包丁の名前の由来となった料理人、包丁(ほうてい)も、殷の湯(とう)王の秘伝の舞を伝えたと目される、特別な人です。この舞は雨乞いの舞です。それを舞うことができたのは王だけだったのです。

となると、どうも料理人は、ただ人ではなかったらしい。

が、この料理人という言葉で、いまの調理人と思い浮かべてはいけない。

彼らにとっては味は重要ではない。味に関する語はかなり新しいのです。彼にとって大切なことは、いかに正しく肉を割くかとか、いかに火を使うかとか、そういうことだった。

これは古代の祭祀における王の役割に似ています。・・となると、彼らこそ王の業を「する」人たちだったのでしょうか。

だからこその伊尹(いいん)であり、包丁(ほうてい)だったのですね。

味がどうのこうのなんてチマチマしたことにこだわってなどいないのです。