前回は、人には「心」がなかったという時代があったんだろうか、というところで終わりました。

そして、「そう。むかし人には心がなかっただよ」といいながら、じゃあ、どんな風に心はできてきたのかということを書いている人が二人います。ひとりは『心の先史時代』のスティーブン・ミズンと、そしてもうひとりが『神々の沈黙』のジュリアン・ジェインズです。

では、これから二人のの説を紹介します、ということで今回以降につながります。

今回はまずスティーブン・ミズンの『心の先史時代』を紹介しましょう。

最初に断っておきます。以下、かなり個人的な要約をしますので、すごい偏りがあるはずです。正しくはぜひ『心の先史時代』をお読みくださいね。出版社の青土社のホームページには目次も載っています。

▼アーミーナイフの心

さて、唐突ですがスイス・アーミー・ナイフって知ってますか。赤いボディにナイフやらハサミやらドライバーやら、さまざまなものがついているナイフで、海外旅行ではかなり重宝していたのに近頃では空港で絶対取られちゃうやつです。

これです。

knife

ミズンの本では、「人間の心は、そういうものなんじゃないか」という説が紹介されます。

僕たちの心の中は、ナイフとかハサミとか、そんなのがいくつか入っているアーミーナイフのようなもので、しかもそれらの各要素には生まれたときからある程度コンテンツが含まれている(「生得的にコンテンツ・リッチ」)という説です。

買ったときからアプリケーションが最初からいくつか入っているPCのようなものですね。文章を書くにはワードとメモ帳が最初から入っていて、絵を描くためにはフラッシュとペイントが入っていてとか・・。

で、人間の場合は当然、ナイフとかハサミじゃなくて、以下のもの。

・技術的知能(石器とかヤジリとかプラモデルとかを作るとか)

・博物的知能(あそこに行くとマンモスとか、いい女がいるぞとか)

・社会的知能(みんなでカラオケ行った方が一人で行くより楽しいぞとか)

あ、言語についてもあるんですが、ここら辺も含めて詳細は今回は省略します。言語なんかはまさに生得的ですね。また、こういう要素が未分化の一般的知能の話とか汎用的知能の話などもありますが、それもここでは省略します。

▼ネアンデルタール人で止まる進化

さて、ミズンは600万年前の人類の創生から物語を始め、そして発掘された石器やら頭蓋骨やらを分析していくのですが、途中でハタと立ち止まります。

僕たちホモ・サピエンスが生まれたのが10万年前です。600万年という途方もなく長い人類の歴史の中では10万年前なんてつい最近です。室町時代に始まった600年間の能の歴史の、最近の10年の能楽界の動向がホモサピエンスって感じです(マニアックですみません)。

僕たちホモ・サピエンスの前にはネアンデルタール人がいました。

人類の心の進化の歴史は、スイスアーミーナイフでたとえれば一本のナイフから始まり、それが何本かに分かれるアーミーナイフの誕生があり、さらにそれらの機能がどんどん洗練されていくというような歴史です。

人間でいえば「知能が未分化」だった状態から、脳の中が「各要素の知能」に分かれていき、そしてその「要素の中でさらに進化」するという歴史です。

アプリケーションなんか存在せず、カセットテープにデータを入れていた時代(知能が未分化)からDOSの時代に入り、フロッピーを出し入れしながら使っていた一太郎の時代があり、さらには配偶者の花子が登場(いくつかの要素の知能の誕生)し、さらにはハードディスクやメモリが生まれ、Windowsが生まれ、似たようなソフトがどんどん生まれたり、バージョンアップしていく(要素の中での進化)というのに似てますね。

で、ハタと立ち止まったのはネアンデルタール人まで進化したときです。

彼らの技術的知能は驚くべき高さを誇っていました。彼らのナントカいう石器(ルヴォロア尖頭器)を作れるのは現代人でも世界に20人といないらしい。

そんなすごい技術を持っていながら、象牙や骨の道具は作ってないし、いろんな材料を組み合わせた道具も作ってないし、さらなる進歩もないし・・。

「変じゃん!」とミズンは思ったのです。

これをネアンデルタール人になったつもりで考えてみると「俺たち、こんなすごい技術持っていて、もうこれ以上進化できないから、人類の進化も俺たちでおしまいじゃん」という風に思ったかも(現代人がそう。進歩は考えられるけど、進化は考えられない)。

確かにネアンデルタール人ほどの石器を作れるのは、現代では世界中に20人しかいないわけですから(というか石器を作ろうという人が何人いるんだ!って)各要素間の進化はあり得ない。

▼ズドンと風穴

さて、ある意味いままでの進化のどん詰まりが生じます。が、ここで「文化のビッグバン!」が起きるのです。

さまざまな要素に分かれていた各知能にズドンと横穴が開いて、各知能間に流れができた!

それが文化のビッグバン、脳のビッグバンです。横穴が開いたことにより、知能間の各要素の間に連絡が生じ、流れがよくなる。ミズンは「認知的流動性」なんて言い方をしています。

「俺、絵しか描けないもんね」とか「あたし文しか書けないもん」って言っていた(これがネアンデルタール人の脳)各要素が一緒になって「絵とか文とか貼り合わせてホームページを作っちゃおうか!」ってことになるのです。

DreamWeaverとFireworksの出現ですね。絵とか文とかは、その専門のソフトには負けるけど、でも全く新しい可能性が出てくる。

人間でいえば石器を作っていた技術的知能に、博物的知能や社会的知能も加わって「芸術」や「宗教」が生まれる。それと「科学」。

これらのことにはさまざまな領域の知識間の相互作用が必要です。

これが爆発的に開花したのが約6万年前。本の中に出てくる頭部がライオンで体が人間の象牙の像は3万年から3万5千年前。地域によって数万年のずれはあるけど、少なくともホモ・サピエンスの時代です。

いろいろな領域の間にズドン!と風穴が開いて風通しがよくなる、ここから「心」の歴史が始まるのです。

ミズンは心はこのようにできたと書いています。