さて、道話だけでなく「心の生まれた日」も忘れぬように書いておきましょう。

▼甲骨文には「心」がない

前回は「『論語』の巻頭の文の最初の五文字は、そのすべてが身体文字である」ということを見てみました。

で、ここら辺をチェックしているうちに面白くなっていろいろ索引をひっくり返したり、一覧表を作ったりしていました。一覧表というのは『論語』の中に現れる文字を、金文(西周、春秋、戦国)と甲骨文、そして両方ともにないものは『説文』の文字などで一覧できるようにした表です。未完成ですが・・・。

そんなことをしているうちに「心」系の文字が甲骨文字や金文の中には少ないということに気づきました。「心」系の文字というのは「心」や「りっしんべん」がつく文字です。

さらに「あれ?」と思うことがありました。

それは「甲骨文字の中には『心』という漢字がない」ということです。

『甲骨文字字釈綜覧(松丸道雄ほか)』の中にはいくつかの文字を「心」と読む中国人学者の説も載っていますが、これはちょっと納得しかねるので一応保留にしておきます。

「甲骨文字の中には『心』という漢字がない」というのは学者の人にとっては当たり前のことなのかも知れないのですが、在野の者としては驚きでした。だって「心」という文字がないということは「徳」とか「恋」とか「悦」とか、そんな心系の文字もないということなのですから。

これはびっくりです。

▼漢字はいっぱいあったのに「心」はなかった

漢字の発生は、「殷(いん)」の時代の武丁という王の時代で、紀元前1300年くらいです。

実はこの問題は学者の間でさまざまな意見のあるところなのですが、ここではその問題には立ち入らないことにして、一応、殷の武丁の時代で、紀元前1,300年くらい、今から3,300年くらい前に漢字はできた!ということにしておきましょう。

それ以前にも甲骨に書かれた文字は発見されていますし、さらにその前にも文字のようなものは発見されています。が、ちょっとそれはまたの話ということで・・。

殷(いん)は現在確認されている最古の王朝です。

あ、この問題もちょっと複雑です。伝承としては殷の前に夏(か)という王朝があるということになっていて、この夏王朝もどうも伝説の王朝ではなく実在したらしいということが近年では言われていますが、それもまだ定説とまではいかないので一応、殷が最古の王朝だということにして話を進めます。

さて、殷の時代には甲骨に刻まれた文字と青銅器に鋳込まれた文字(金文)があり、その文字数は数え方にもよります4,000種以上あるともいわれています。現代の常用漢字が1,945文字ですから、それよりもずっと多いし、象形とか指示文字だけでなく、会意とか形声とかいうすごく複雑な文字もある。

今から3,300年くらい前に漢字はすでに完成していたのです。

これはちょっと信じられないでしょ。たった一代の王の時代に4,000字以上もの文字が発生する。文字なんて、ゆっくりゆっくり何代も何代もかけてできあげっていくというイメージがあります。

ここら辺の摩訶不思議さはさまざまな人の想像力をかきたてるようで、たとえば宮城谷昌光さんなどは『沈黙の王』という短編の中で言語障害があった武丁が文字を発明するまでを描いている。

あるいは「こんな量の漢字が一代でできるわけがない」という常識派の人たちは、「それはまだ発掘されていないだけで、ここに至る漢字の歴史がどこかに埋もれているはずだ」と考えている。

さて、どれが本当なんだろう。

ここら辺に関しては後で書くかも知れませんが、今回はペンディングが多いなあ。

さて、それはともかく4,000種以上もの漢字があるので、その中には「心」もないし、「心」系の漢字もないのです。

これはすごいでしょ。

だって漢和辞典を引いてみればわかるけど、現代では「心」系の漢字はもっとも多い漢字のひとつなんですから。

▼「心」は3,000年前に生まれた

となると「心」や「心」系の漢字は、あるときに突如出現して、そして急に爆発的に増殖したということになるのです。

まず出現からです。

「心」という漢字がいつできたのか、というと王朝が「周」に変わってからです。

800年近くも続いた「周」は前半を西周、後半を東周といい、さらに東周は春秋時代と戦国時代に分けられます。我らが孔子は春秋時代末期の人です。

殷を滅ぼし、周王朝になったのは紀元前1046年ごろ。今から3,000年くらい前です。

いや〜。すごいですね。

ある漢字の発生期に、出土された遺物を通じて私たちは立ち会えるわけです。しかも「心」という重要漢字の発生に立ち会える。これはすごい!

さて、漢字の発生は3,300年ほど前。心の誕生は(ぴったりこれだ!とは言えないまでも)およそ3,000年ほど前。

ということは、4,000文字以上を擁する漢字ワールドが完成してから300年間も「心」は誕生しなかったのです。

▼「心」はずっと日陰の存在だった

さらに、「心」はせっかく誕生してからも、かなり長い間、日陰の存在を続けることになります。

『殷周金文集成引得(索引)』の中には、頻度表が含まれます。ありがたいことです。

それを見ると、「心」はせっかく誕生してもあまり使ってもらえなかったことがわかります。いや、使ってもらえなかっただけでなく、よき配偶者にも恵まれず、結果、子供もあまり生まなかった。

すなわち「心」系の文字もあまり生み出されなかったのです。

『論語』の中の「惑」も「志」も、孔子が生きていた時代には誕生していませんでした。周代に生まれた「心」の子供たちでもっとも元気なのが「徳」という漢字です。

ちょっとここで面白い現象が起こります。

すなわち、頻度表を見ると、最もシンプルな「心」よりも、その子である「徳」の方が多く使われているということです。

これに関してはまた後日扱うことになります。