内田樹さんとの対談本が2017年12月1日に祥伝社さんから出ます。内田さんが「まえがき」を公開してくださったので、僕は「あとがき」を公開します。

内田さんの「まえがき」→http://blog.tatsuru.com/

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おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

「おわりに」の担当の安田登です。

内田樹さんが「はじめに」を書き、安田が「おわりに」を書くということになったのですが、もう書くべきことなどないほどに、とことん語り尽くしました。

……というのは、半分本当で、半分ウソです。

この本は、企画段階ではあっという間にできあがる予定でした。何度かの対談をし、それを書き起こしたものを、お互いちょいちょいっとチェックすればよかったはず。ところが、実際はそこからが大変でした。

最初に内田さんが手を入れてくださったのですが、それを読んだら、新しい話が入っていて、これがまためっぽう面白い。「それならば」と安田が手を入れて送れば、それを読んだ内田さんがまた手を入れ、それをまた読むと「おお、なるほど」と安田が手を入れ……なんてことを繰り返して、ネバー・エンディング往復書簡になっていってしまったのです。

このまま続けていくとどこに行ってしまうのかわからないし、なんといっても辞書のような分厚い本になりそうでした。そこで、「そろそろここら辺で一旦手打ちを」ということで、今回の上梓と相成りました。

そんなわけで、語り尽くしたといえば語り尽くした。けど「まだやっていいよ」と言われれば、まだまだできる。そんな本なのです。

内田樹さんとの対談が始まったのは、東日本大震災より前のことです。それから場所を変え、状況を変え何度か対談をしてきました。

凱風館の近くの中華料理屋さんのこともあれば、東京の寺子屋のこともありました。また、那須(栃木県)の二期俱楽部で毎年行なわれていた「山のシューレ」というテンポラリーな学校でのこともありました。

東京の寺子屋では、七〇名が限度のお寺に一〇〇人以上の方が集まってくださいました。しかも、夏。お寺には扇風機以外の冷房がないので、参加された方たちも僕たちも滝のような汗を流しながらのサウナ寺子屋でした。

その寺子屋は、内田さんと安田との『井筒』の謡から始まり、能の話をしたので第四章がそれに当たります。

二期俱楽部の「山のシューレ」では、まずは屋内で多くの方たちの前で話し、それから那須の自然に囲まれた中で、ふたりでお話をするという、開放的な状況での対談が行なわれました。二期俱楽部は、いまは残念ながらなくなってしまいましたが、「山のシューレ」は隣接するアートビオトープで再開の予定です。那須では主に『論語』について話したので第二章。

本書をお読みになられている方の中にも、寺子屋や「山のシューレ」に参加された方がいらっしゃると思います。本書をお読みになると、そのときの暑さや森の香りなどが思い起こされるでしょう。

「はじめに」で内田樹さんは、僕の『ブロードマッスル活性術』(BABジャパン出版局)を読んでくださったことを書かれていますが、これはびっくりです。『ブロードマッスル活性術』は、僕が書いた本の中では最も売れなかった本の一冊です。初版も少部数でしたが、一度も重版がかかっていない。この本のことを知っている方なんて、世の中にほとんどいないはずです。それなのに内田さんに読んでいただけていたなんて、本当に驚きですし、感激です。

そして、それを紹介してくださったのが、内田さんの奥様であることを「はじめに」に書かれています……と書いてみて、「内田さんの奥様」という言いようが、どうもしっくりこないので言い直します。「はじめに」にも書かれている通り、「内田さんの奥様」は能楽師(大倉流の小鼓方)で、当時、僕たちは一緒に箱根神社で子どもたちに稽古をつけていました。そのとき、僕は「なおこさん、なおこさん」と呼んでいたし、いまでもお会いすれば「なおこさん」なので、そのなおこさんが紹介してくださったようです。

僕のほうは、内田さんの本との最初の出会いは『死と身体―コミュニケーションの磁場(シリーズ ケアをひらく)』(医学書院)でした。

能の笛方の槻宅聡さんが「面白い本がある」と紹介してくださったのです。「面白い、面白い」と、ほぼすべてのページに線を引きながら、一週間くらいかけて読みました。でも、これが不思議で、読み終わったときに、この本にどんなことが書かれていたのかをまったく覚えていませんでした。

それは、この本に限ったことではありません。内田さんの本は読み終わったあと(少なくとも僕は)その内容を覚えていないことが多い。むろん覚えていることは多い。しかし、「この本は、こんな内容の本だった」と人に説明することができない。

それは、内田さんの本には「この本のテーマ」とか、そういうものがないからだと思うのです。ですから、本のタイトルもたいてい当てにならない。『街角のナントカ論』などと言いながら、ナントカの話はどこかにあるだけで、だいたいが全然違う話をしている(あ、これは極論です)。

しかし、これこそが正しい本のあり方だと僕は思うのです。

そもそも古典と呼ばれる書物のほとんどがそうです。『老子』に一貫したテーマはないし、『論語』の中の孔子の言動は矛盾だらけです。『源氏物語』などは途中から主人公が替わってしまうし、『伊勢物語』なんて誰が主人公かすらもわからない。

物語だけではありません。ソクラテスの言動(書いているのはプラトンですが)にも一致はないし、空海の著作にも途中からテーマがどこかに行ってしまったりしているものが多い。

また、かの『聖書』ですら一貫性はありません。

『新約聖書』は福音史家によって言っていることが全然違うし、『旧約聖書』だって、たとえば人の誕生だけを見ても、まったく違うふたつの話が載っている。「創世記」第一章では、神は男女を一緒に創造したと書いてあるのに、続く第二章では女性は「人から抜き取ったあばら骨」で造り上げられたとある。「どっちなんだよ」と、今なら校閲からチェックが入りそうな記述です。

しかし、それが古典であり、そしてそれこそが人間的な文章なのです。だって、僕たちには一貫性はないでしょ。さっきまではこう思っていたけど、今はまったく違う風に思っているなんてことはよくあります。

学校の先生だって、途中からどんどん主題から離れてどこかに行ってしまう先生の講義のほうが断然面白いし、何年、何十年経っても記憶に残っています。

学術書やビジネス書でもあるまいし、パラグラフ・ライティングで書かれた結論誘導型(あるいは洗脳型)の文章なんて読みたくない。

内田さんの本は、読んでいると自分の思考が刺激されて、途中から内田さんの本の内容ではなく、自分の思考に集中してくる。何度も本を閉じて、コーヒーなど飲みながら外を眺めつつ、ぼんやりと思索してしまう。そんな本が多い(あ、僕にとってはね)。

なんか内田さんの本の書評のようになってしまっていますが、実は僕もそんな本を書きたいと常々思っているので、いつも羨ましいなぁと思って眺めていたのです。

僕の場合はなかなかそのような本を書かせてもらえません。今まで書いた本の中では『あわいの力』(ミシマ社)と『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)くらいです。

なぜなら、僕がそんな本を書こうと思ったら、企画段階ではねられてしまうからです。編集者まではなんとか籠絡できても、企画会議で「この本は何を言いたい本なのか」「メインターゲットは誰なのか」なんてチェックリスト風な質問をされて、そんな本の企画はボツになるか、あるいは穏便な企画に変容してしまう。

今回は、内田さんのおかげでそんな本に仕上がりました。この本にテーマはありません。また、同じことでもあるページに書いてあることと、他のページに書いてあることでは矛盾していることもあります。それをあえてそのままにしました。

読者の皆さまには、この本から何かを学ぼうなどとはせずに、この本から発せられる何かをひとつの契機に、ぜひさまざまな思索や創造をしていただければと思っております。

まるで内田、安田とともに鼎談をしているかのように。