2016年07月

真田フォトストーリー

復曲能『真田』のストーリーです。

この能の舞台は石橋山(神奈川県)の戦い。平氏を倒すため、源氏が旗揚げしたての頃の話です。平家の滅亡の五年前、まだまだ平氏全盛の世です。圧倒的な力の差のある平氏を命をかけて食い止め、頼朝の危機を救った真田与一の物語です。

03<頼朝、岡崎に対手を選ぶよう命じる>
石橋山の合戦では、わずか300騎の頼朝勢に対し、平家はその十倍の3,000騎以上の軍勢。昼の戦いは、ようようのこと凌いだが、これから夜の戦いが始まる。最初に行われるのは一騎打ち。敵の先発は七十人力の俣野(またの)五郎と発表された。
源頼朝岡崎義実に、俣野の相手になる味方の先発を選べと下問するが、なかなか決めることができず、「これは戦いの手合わせ。大事な戦いなので、ぜひご下命を」と頼朝に申し上げる。
 
n02<真田与一、辞退する>
頼朝は、岡崎の子の真田与一に俣野の相手を任命するが、真田は「このような大事な戦いに不覚を取っては家の恥」と辞退し、「しかし、決して命を惜しむのではありません。その証拠に今宵の戦さでは、もっとも死の危険度の高い先駆けを勤めましょう」と申し上げる。
 
n03<岡崎、真田を咎める>
父、岡崎はそれを聞き「若いくせに君の命に背くとは何事だ。俣野といっても七十人力。お前もそれに劣ることはあるまい。いや、たとえ劣っていたとしても、敵の鎧に取り付いて敵を組み伏せ、その間に頼朝公をこの場から逃すのがお前の役目。逃すことができたならば、その死がお前の高名となるのだ」という。
 
n04<真田、副将軍を命ぜらる>
これを聞き、俣野の相手を引き受けた真田は、頼朝から装束をいただき、さらには副将軍に任命される。
 
n05<頼朝公よりの酌を受ける>
また、頼朝自らお酌をし、真田の武勲を祈る。
 
<親子の別れ>n06
これほどまでの頼朝の好意に感動する真田に、父、岡崎は「武勲を遂げて名を挙げよ」と励ますが、 これが最後の親子の別れ。涙をこらえてふたりは別れる。 

※ここまでが前半です。 
 
n07<文蔵も討ち死にの覚悟をする>
この戦いには、真田の傅(めのと)の文蔵も参戦していた。真田がまだ赤ん坊の頃から育てていた文蔵は、すでに57歳になる老武者。そんな文蔵に、真田は戦いには加わらず里に戻り、母と妻子の後事を頼むというが、文蔵はそれをよしとせず、自分も討ち死にしようと決心し、手下のものに後事を託す。
 
n10<文蔵の従者(間狂言)>
文蔵の従者を演じるのは狂言役者(能には狂言の役者も出演します。間<あい>狂言といいます)。彼は文蔵が真田を育てたさまを述べ、真田の妻への文蔵の言伝を伝えるためにこれから真田の里に参ろうという。と、そこに鬨(とき)の声が聞こえてきた。
 
n11<頼朝、夜の見回りを命じる>
時はすでに夜。雨風もしきり。頼朝は臣下を呼び、「この激しい雨風に敵の足音や馬のひづめの音も掻き消えてしまうだろう。あたりを見回せ」と命じる。
 
n12<松明で照らして見回りをする>
頼朝に命じられた臣下は、松明(たいまつ)を持ってあたりを見回す。
※舞台は明るいのですが、松明を持った人が出てきたら、「いまは夜で真っ暗」と思ってください。
 
nn01<俣野一行の登場>
そこにやって来た平家の俣野の一行。やはり松明を持っているので暗闇の中の登場です。
 
nn02nn03<切り組み>
nn04nn06
今夜の戦いは、本当は真田と俣野の一騎討ちから始まるはずだったのですが、雨風激しい夜に紛れて、飛び出してしまった武士がいる。ここから大混戦が始まってしまうのです。

ここからはしばらく切り組み(チャンバラ)を楽しんでください。 
直立のまま、そのまま後ろにドンと倒れる「仏倒れ」という倒れ方を見ることができるかも知れません(右下の写真)。
 
nn07<真田と俣野の一騎討ち>
混戦がひと段落して、いよいよ真田と俣野の一騎打ちが始まる。力自慢のふたりは太刀など捨て去ってむんずと組み合います。
 
nn08<ふたり、谷に落ちる>
崖での組み合い。「えいやと跳ぬれば、ころりと転び」、上になり、下になりつつ、遥か下の谷にふたりで落ちて行ってしまう。
 
nn09<真田、俣野を押さえるが…>
が、真田の方が力が勝っていた。俣野を取って押さえて、その首を討とうとする。が、腰の刀は血糊で鞘(さや)ごと抜けてしまい斬ることができない。俣野は、文蔵を大声で呼ぶ。
 
nn10<文蔵は耳が遠くて通りすぎてしまう>
しかし、文蔵は老武者、耳が遠い。文蔵はふたりがいるところがわからずに通り過ぎてしまいます。
 
nn11<長尾兄弟、真田を取り押さえる>
そのとき、俣野の臣下である長尾新五、新六の兄弟は、この声を聞きつけて谷に降り下り、ふたりで真田とむんずと組む。
 
nn12<真田、首を落とされてしまう>
真田は「ええ、ものものしい」と二人は投げ飛ばすが、起き上がった俣野と組み合っている隙に、長尾新六にその首を討たれてしまうのです。
 
nn13<文蔵、三人と出くわす>
老武者の文蔵が「真田はいづこに」とあちこちと馬を駈けまわしているところを俣野、長尾新五、新六の三人に見つけられる。
 
nn14<文蔵と三人の戦い>
文蔵に向かって「真田は討ったぞ」と俣野がいうと、文蔵は「おお、うれしき敵(かたき)よ」と、三人の間に討って入り、火を散らすが如くに戦うが、文蔵も頭を割られて討ち死にしてしまう。
 
nn16<七騎落ち>
頼朝は、真田と文蔵の討ち死にのさまを聞き、「与一のことは忘れぬ」と、七騎だけになった味方を率いて、ひとたびはこの場を落ち延びる(このときの話が能『七騎落』になります→当日の仕舞は『七騎落』です)。
 
nn17<真田の勲功を讃える>
その後、源氏が平氏を滅ぼすことができたのも、みな真田与一の功績と、この石橋山に真田を祀るのであった。

この『真田』は江戸時代には上演の記録がない作品です。8月7日(日)の天籟(てんらい)能@国立能楽堂では、おそらく400年ぶりの能舞台での上演です。

お見逃しなく!

『天籟能』のお知らせはこちらをどうぞ〜。
http://watowa.blog.jp/archives/51460046.html 

<おしらせ>
・復曲「真田」の謡本(詞章はもちろん、節や解説なども入っています)1000円
当日ロビーの檜書店で販売しています。

能楽寺子屋(2)舞その2:唱歌(2)干(かん)

▼天籟能、あと一ヶ月!

「能を観るのは初めて!」という方でも眠らずに観ることができ、

「もう何度も観ている」という方にはさらに深くご覧になれるような能の会を!

…とはじめた「天籟(てんらい)能」がいよいよ一ヶ月先の…
 
8月7日(土)国立能楽堂 13時開演(終演予定16:30)

…に迫りました。

今回の演目は、名曲中の名曲『羽衣』と、室町時代以降ほとんど上演されなかった『真田』です。

『羽衣』を舞われるのは、当代、舞の美しさでは右に出る人がいないといわれる梅若万三郎師です。一度は漁師に取られた羽衣を着た天女が、舞を舞いつつ天に昇っていくという能ならではの作品です。

また『真田』は、現代の能にはあまりない「切組(チャンバラ)」が舞台上でこれでもか、これでもかと繰り広げられる能です。

<静>の『羽衣』と<動>の『真田』、そして狂言は『萩大名』。

料金
正面指定S席 10,000円 
正面指定A席 8,000円 
脇正面指定 6,000円 
中正面自由席 4,000円 

※「てんらい会員」の方は1,000円引きになりますが、今回は何枚申し込まれても1,000円引きにさせていただきます。5枚申し込めば5,000円引きです。

天籟能の会事務局 tel:080-5520-1133 
e-mail:noh@watowa.net 
主催:天籟能の会/てんらい

お申し込み、お待ち申し上げております。

詳しくは「天籟(てんらい)能」 を!

▼まずは復習


さて、天籟(てんらい)能を、さらに楽しんでいただくために行っている寺子屋ですが、すでに3回が行われ、園様子を書いています。

前回、「中(ちゅう)之舞」の唱歌(しょうが)の最初の部分をご紹介して、「あとはご自分でどうぞ〜」だったのですが、ほかの部分もぜひ!というご要望をいただきましたので、残りの部分もご紹介します。

「中之舞」の唱歌の全体は以下のようになります。

オヒャーラーイ ホ(オ)ウホウヒー
オヒャイヒョー イヒャーリウヒー
オヒャラーリ ヒウーイヤー
ヒウルー イヒャーリウヒー

前にやったは最初のもの(オヒャーラーイ ホ(オ)ウホウヒー)です。

まずは最初のものの復習をしておきましょう。

オヒャーラーイ ホ(オ)ウホウヒー




▼3番目を謡う

今回はひとつ飛ばして3番目(オヒャラー ヒウーイヤー)を謡ってみましょう。

「オヒャーラー」までは一緒ですね。次の「」で音が上がります。では、どうぞ。



▼呂と干

実は、この四行の唱歌(しょうが)には名前があります。

一番最初のものは「呂(りょ)」。「呂」は「ろ」とも読みますが、低い音という意味です。

「オヒャーラー」で、音が下がって、下の句(ホウホウヒ)が低い音になるます。低い音を使うので「呂」という名前です。

そして、今日謡った3番目は「干(かん)」といいます。
 
我々は伝統的にこの字(干)を使っていますが、この「干」は甲高いの「カン」です。

「オヒャーラー」で音が上がり、後半(ヒウイヤ)では高い音をなびかせているので「干(かん)」といいます。

▼全体の名前

残りは次回にお話をしますが、全体は以下のように名前がついています。

中之舞唱歌



能楽寺子屋(1)舞その1:声に出して謡いたい唱歌(しょうが)

8月7日(日)に行われる「天籟(てんらい)能」を、とことん楽しむための「能楽寺子屋」を開催中です(1回〜3回は終了)。

第1回 5月24日(火) 「能と狂言を楽しむ」−能・狂言入門−
第2回 6月16日(木) 能「羽衣」の魅力(1)羽衣、ワキ、笛の秘密
第3回 6月28日(火) 復活能「真田」の魅力−シテ方をお迎えして−


第4回 7月12日(火) 能「羽衣」の魅力(2)囃子
第5回 7月19日(火) 能「羽衣」の魅力(3)月宮に昇る天女
第6回 7月27日(水) 公演直前まとめ−初めての方もぜひ− 

能楽寺子屋は広尾のお寺、東江寺(とうこうじ)さんで19時から開かれます(終了予定21時)。受講料は「お賽銭」ですので、どうぞお気楽にお出ましください。また飛び込みも歓迎ですが、資料作成の都合上、できれば事前にメールをいただけると助かります。

info@watowa.net

東江寺 東京都渋谷区広尾5-1- 2 →地図


すでに終了した第1回〜第3回の中から、いくつかのトピックをご紹介していきます。

まずは「舞」について。

▼舞(まい)で寝ちゃうのはもったいない

今回の「天籟能」の能の演目は『羽衣』『真田』

天(あま)の羽衣をまとった天女が優美な舞を舞いながら天上世界に昇っていくという、美しい能『羽衣』と、多くの演者が舞台狭しとチャンバラをする『真田』という対照的なふたつの演目をお送りします。

「舞」は、能『羽衣』のメインとなるものです。

松にかかっていた美しい衣、羽衣を漁師である伯龍(はくりょう)が拾います。それは「天人の羽衣」なので返してほしいという天女に、「そんな素晴らしいものならば余計に返せない」とつれない伯龍。返せ、返さないの問答の末、あまりに嘆く天女を見て、漁師伯龍もさすがにかわいそうになり羽衣を返すことにします。

しかし、交換条件がひとつあります。それはその羽衣をまとって天女の舞を見せてもらいたいということ。

まあ、ここでいろいろあるのですが、それは今度、お話することにして、天女は羽衣を着て舞うのです。

能では、この舞が最大の見どころです。

が、ひとつ問題が…。

舞が始まると謡(うたい)がなくなってしまうのです。すなわちコトバがない

「謡だって何をいっているか全然わからない」という人がいますが、それでも何もないよりはまし。能の笛である能管を中心に、大鼓、小鼓、太鼓によって囃され、その曲に乗って(か、乗らぬかそれすら不分明)ゆったりと舞われる舞。

もっとわけわかんなくなる。そりゃあ、眠くなるのも当たり前。

もっとも大事な部分の割りには、眠っている人が一番多いのも、この「舞」なのです。

でも、それはもったいない!

…というわけで、2回目と3回目に舞を楽しむための寺子屋をしました。

以下のお話は能楽師、笛方(森田流)の槻宅(つきたく)聡(さとし)さんのお話です。

▼まずは「中(ちゅう)之舞」を聞いてみよう

『羽衣』で舞われるのは「序之舞(じょのまい)」と呼ばれる舞です。このほかに「中(ちゅう)之舞」、「破(は)之舞」、「早舞」、「神舞」、「男舞」などがあります。

ちなみに能の舞には、このほかに「神楽(かぐら)」、「楽(がく)」、「鞨鼓(かっこ)」、「獅子(しし)」、「乱(みだれ)」などがありますが、これらのものと「序之舞」以下のものとの違いはわかりますか。

そうですね。前者にはみな、「舞」という言葉がついています。この「舞」がついているものは、みな非常に似通った構造をもっています。そして、これらの「舞」の基本は「中(ちゅう)之舞」なのです。

ということで、ここでは「中之舞」でお話をしていくことにしましょう。中之舞の構造を理解するとほかの舞も理解できるようになります。

では、まず 「中之舞」のほんの一部を聞いていただきます。



「いかがでしたか」

…と寺子屋で皆さんに尋ねると「・・・」という反応。

そうですね。反応のしようがありません。何を言ったらいいか、わからない…というか、何をやっているかわからない。

▼唱歌(しょうが)を謡ってみよう

実は私たちは、これをコトバで覚えます。それを「唱歌(しょうが)」といいます。

文部省「唱歌」のときには「しょうか」と発音しますが、能の笛では「しょうが」といいます。

では、その唱歌を謡ってみますね。



みなさん、まだよくわからない顔をしている(笑)

でも「ミニマル・ミュージックみたいだ」という声もありました。

▼一緒に謡います

「では、今度は皆さんとこれを一緒に謡ってみましょう!」

…といって全部を謡ったのですが、それを全部載せるのもナンなので、最初の部分だけを載せます。



…と寺子屋では、このように短く切りながら、「中之舞」の唱歌をみなさんと何度か繰り返して謡いました。

寺子屋には参加せずに、このページだけをご覧になられている方は、この前の「唱歌」の動画にあわせて何度か謡ってみてください

あ、覚えようとする必要はありません。

また、ひとりでするのは恥ずかしかったり、面倒だったりするので、そういう方はぜひ寺子屋に足をお運びください。

▼唱歌を謡ったあとに笛を聞くと


そんな風にして何度か謡ったあと、また中之舞を聞いてみます。



すると、あら不思議、最初は何がナンだかわからなかった能管が「オヒャーラー」と聞こえるようになるのです。

コトバ化され、分節化された音は、突然意味のあるものになるのです。

※分節の「分」の「わける」は「わかる」。分節化された途端に「わからない」ものが、「わかる」ものになるのです。

▼繰り返しと「知らせ」

能の中の舞では、これが何度も繰り返されます

ときどき「ヲロシ」などの特別なことが行われることがありますが、基本はこれが繰り返されると思ってください。

何度も繰り返すといいましたが、いまは「何回繰り返す」ということは決まっています。しかし、様式性がそれほど固まっていなかった時代には、気分によっていくらでも長く舞ったりすることができでしょうし、短くすることもできたようです。

じゃあ、繰り返しが終わるのは何でわかるかというと、舞っている人が扇や足拍子で「知らせ」というこをします。するとそこに「区切り」ができます。そして、「段」ができるのです。

「段」ができると、また分節ができ、さらに「わかる」ようになります。

が、これについてはまたお話をしましょう。

▼序之舞

いま、みなさんと謡ったのは「中之舞」ですが、『羽衣』で舞われるのは「序之舞」です。

「序之舞」は、最初に「序」という特別な足遣いがあります。これに関してはまた。

そして「中之舞」に比べると、ゆったりになります。お聞きください。



▼神舞

では、神様の舞である「神舞」もお聞きください。



この録音の中にも「おお」という声が(かすかに)入っていますが、これが終わったあと会場からは「おお!」「おお!」というどよめきが。

そう。こんなに早くても、基本はさっきの唱歌(しょうが)なのです。

さて、では、これにどんな動き(舞)がついていくのか。それは第3回目にシテ方観世流の加藤眞悟さんが教えてくださいましたが、それはまた今度。

▼天籟能、チケットまだまだあります


天籟能は来月の7日(8月7日)なのに、なんとチラシができたのが数日前。

…というわけで、お席も売り出したばかりなので、まだまだいいお席がございます。

どうぞお出ましください。
 
詳しくは「天籟(てんらい)能」 を!
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