2009年05月

《甲骨文》虎の穴1−2(A)人牲と犬牲

《甲骨文》虎の穴の続きです。

さて、イントロが終わって、いよいよ甲骨文を読み始めます。

最初に読むのはこの文です。これもサムネイル表示ですのでクリックすると大きな画像が出ます

jinsei

●数字を探す

さて、当日は5人〜6人でグループを組んでいただきました。そのグループで、まず「この文の中から数字を見つけてください」という質問を出しました。

みなさん、ワイワイと話し合います。

次を読む前に探してみてください。いくつ見つけられますか。

●・・・

あ、ちなみにこの文は次のような骨の一部です。鹿の肩甲骨です(これも大きくなります)。

shouton

●三つあります

今までこの文をいくつかのところで読んできましたが、「数字がいくつあるか探してください」というと、大人のグループだと「1つ」というところが多く、子どものグループだと「2つ」というところが多かったですね。

ちなみに先日の虎の穴では、ほとんどの方が当然のように「2つ」と答えていました。子ども脳の人が多いのかも・・・。

あ、これは柔らかいということです。

2つはわかりますか。

「三」と「四」です。

「四」はこの字ではなく、棒が四本書いてあります。どうもこれが大人の方にはひっかかるようなのです。

ところがこの文の中には、もうひとつ数字があります。これが難しい!

●ところが!

・・はずなのですが、虎の穴では簡単に見つけられてしまいました。

正解は「九」です。

わかりますか。

《甲骨文》虎の穴1−1「神苑図」

先日、行った《甲骨文》虎の穴のテキストをアップする、アップすると言いながら全然していず、申し訳ございません。校正をしよう、しようと思いつつ、すべきことが多くてなかなか手が廻らないので、ブログで当日の様子などを書きながら校正していきますね。

では、はじまり、はじまり。

さて、当日はあいにくの雨でした。が、それがまたよく、7時間にも及ぶ講座だったのに、みなさん集中して参加していただきました。

最初に読んだ甲骨文はこれです(サムネイル表示されています。クリックすると大きな画像が出ます)。まあ、これは「読んだ」というより「眺めた」という感じですが・・。

shinenzu

この甲骨は長い間、戯刻(遊びで彫ったもの)と思われていましたが、赤塚忠(きよし)氏がこれを「神苑図」と名づけ、各々を動物神と読み解きました(その論文は現在『中国古代の宗教と文化』に収められています)。

では、ひとつひとつの動物を見ていきましょう。

●羊

hitsujiyama一番上にいるのはこれ、「羊」です。羊はもっとも聖なる動物のひとつで、特に雨や豊年を祈るときに祭られました。雨や豊年ってもっとも大事なことですから、本当に大切な動物だったんですね。

村上春樹の『羊をめぐる冒険』も不思議な小説ですが、中国古代でも羊は不思議な動物で、神聖視されていました。

その羊の下に山がある。羊を祀る聖山があったのかも知れないと赤塚氏はいいます。

でも、この絵は蚤に見えるなあ・・。

●虁(き)=猿

0101ki右下にいるのは猿形の神である虁(き)です。これは後に音楽神になります。殷の時代には高祖(最初の祖先)として崇められていました。

不思議な動物がいっぱい載っている奇書『山海経』では、流波山に住む一本足の奇獣として描かれています。

海の中をも七千里進み、水を出入りすると必ず風雨になる。その目の輝きは日月のようであり、その声は雷のようであった。黄帝がこの皮で太鼓を作り、雷獣の骨で打ったところ、その音は五百里に響き渡った、とあります。

ちなみにこの虁(き)は後代になると悪神になったり、あるいは日本の猿田彦や猿女君氏なんかも音楽に関係するから「何か関係あるのかあ」と思ったり、いろいろ考えると面白い神様です。

●王亥(おうがい)= 牡の豕、イノシシ

0101ougai左下にいるのは「王亥」です。これは牡の豕、イノシシが神となったものです。モノノケ姫を思い出します。

これも『山海経』に載っています。この王亥も殷の時代には祖先神として祭られていました。

●虎

0101tora真ん中にいるのは「虎」です。口の辺りがギザギザしているでしょ。これ以降も、口のギザギザが虎という漢字の特徴になります。

虎方という有力な部族(国)があったのですが、よほど強い部族だったんだろうな、と思います。


●鳥

0101tori下にいるのは頭に飾りがついている鳥です。この飾りは矢のようです。

なお、鳥の右側には「+」があります。これはいつかやりますが「甲」の字で、祖先神である「上甲」を表します。となると、この「鳥」も祖先神ということになります。

●そんなこんなで

殷の時代に祭られていた神々は「動物神」、「自然神」、「先祖神」と、抽象神である「帝(上帝)」でした。

動物神は殷が併合した部族がもともと信じていたトーテム★だという説もあります。で、その神々はやがて先祖神ともなっていくのです(ここら辺に殷の政策があったようですが、そこら辺の経緯は《虎の穴》第二回以降に)。

★あ、ちなみに「トーテム(英語:totem)とは、自分たちの「部族」や「血縁(血統)」に野生の動物や植物などが特別に関連していると信じていることである」とWikipediaには書いてあります。

という感じで、最初の30分が終わりました。

出身小学校での授業

今日は銚子(千葉県)の小学校で能の授業をしてきました。自分が出た小学校です。

懐かしかった!

帰省したときなどに学校の前を通りかかることはたまにあったのですが、中に入ったことはなく、40年以上ぶりです。

校舎もその当時のままの建物が残っていたし、校長室に入ると歴代の校長先生の写真がありました。自分が小学生の当時の校長先生の写真を見ると、その口癖やなまりまでもを思い出しました。

小学校一年〜二年生のときに木造校舎から三階建ての校舎になったのですが、その建替えの時期に体育館を区切って授業をしていたことや、幼稚園に行っていなかったために(保育所でした)ひらがなが上手に書けずに毎日残されていた記憶が書き方鉛筆の感触とともに浮かびあがってもきました。

放送室をのぞいたら、放送室で金曜日に食べた揚げパンの味も思い出され、一瞬、時空をワープしていました。

建物のもつ記憶というのはすごい!

昨年度末から銚子にお邪魔するようになり、今まで三つの学校で授業をしましたが、三校とも反応が全く違います。小学生のときには、当然ですが自分の学校しか知りません。あの頃は今よりもお互いの行き来が少なかったし、地域ごとの差ももったあったはずなので、全然違っていたんだろうなと思います。

今回も前回同様、子どもたちがほとんど標準語になっていたのには驚き。

うちの近くは女の子でも一人称は「俺」だったのに・・・。

今回も同級生の吉田さんのご尽力で実現しました。感謝!

それと高校時代の同級生の女の子が見学に来てくれました。嬉しい!

寺子屋業務連絡など

今日は『加茂』という能でした。

観世九皐会(矢来)で、シテは若い長山耕三氏。

神様がシテの能は脇能と呼ばれますが、美しい女性がシテの鬘物と呼ばれる能に比べると上演頻度も少なく、なかなかご覧になる機会がないと思いますが、最初のシテの登場以外は全体にサラサラと淀みなく運ばれ、とても清々しいです。

そして、その最初のシテの登場は、とても儀式っぽくて、これまた面白い!

しかも『加茂』は前シテは美しい女性だし、後の天女も美しい。

ああ、気持ちよかった。

●次回の寺子屋

さて、毎日を走り回っているうちに、もう次回の寺子屋が近づきました。メルマガに登録されている方には明日にでもメールが行くと思いますが、以下の日程です。

5月14日(木)19:00〜 東江寺(広尾)

いらっしゃる方は事前にメールをいただければと存じます。

今月はもう一度ありますが(28日)、その前に読売新聞と女性誌の「VOCE」に寺子屋が載る予定です。そうなると28日の会はちょっと増えるかも知れません(そうでもないかな・・・)。

●8月はお休み

8月は会場になっている東江寺さんがお休みになります。

あ、違った。お寺がお休みっていうのは変ですね。冷房が効かないので、とても暑いだろうということで、本堂で行う寺子屋はお休みにします。

というわけで8月は少人数クラスのみを行う予定です。子ども向けの「甲骨文」猫の穴も考えています。

で、7月の最後の回に、いつもいらっしゃっている方たちと「一ヶ月間さよなら宴会」をやったらどうだろう、という意見が出ました。

これはちょっと考え中。

●8月は那須はいかが?

さて、7月30日〜8月3日までは那須のアート・ビオトープで行われる山のシューレに講師として参加して、ワークショップやら怪談やらを行います。

避暑をかねていかがですか。

イサム・ノグチの右腕といわれた和泉正敏氏が切り出した石と、そして鏡のようなステンレスからなる七石舞台「かがみ」でのワークショップもできたらいいなと考えています。

あ、上記のリンクは松岡さんのブログです。こけら落としの公演のときのことが書かれています。

和の身体のワークショップを自然の中のすごい舞台でする、ってことが本当にできたら素敵です。

詳しくは決まったらどんどん書いていきます。

易経を読む会:寺子屋少人数クラス

前回の《甲骨文》虎の穴のあと、『易経』を読みたいというご要望を何人かの方からいただきました。

これはぜひ実現したいと思います。

ただし、かなり渋い読み方をします。

筮竹でジャラジャラと占いをするのではなく、『漢文大系』(冨山房)の『周易』をただひたすら読んでいきます。冨山房版は注が王弼(おうひつ)と伊藤東涯(いとう・とうがい)のものがついています。

王弼は早逝した天才で、老荘思想に基づいて解釈をしています。かなり自由な発想で「なんで?」というところも多いのですが、そういうところは「たぶん王弼の神秘的直感に基づいているだろうなあ」と思うことにしています。

彼の注が易の注としてはもっとも権威があります。

対する伊藤東涯は、かの伊藤仁斎の息子で、これはバリバリの儒教的解釈。

この二つを併せ読むのがとても面白い。というわけで『漢文大系』(冨山房)版を使います。

面白いけど、漢文です。

むろん金文や甲骨文的なアプローチもします。また、ユングが序文を書いたリヒャルト・ヴィルヘルムのドイツ語訳の易の、さらにそれを英訳したものも参照にします(ドイツ語は歯がたたないので・・・)。

これこそ渋いので、本当に少人数になるのではと思っています。「ひとりでもいたらやる」くらいのつもりで読んでいきます。

ちなみにどんなにサクサクやっても64回はかかります。でも、そんなにサクサクいくはずはないので100回以上かかるでしょう。で、それは大変なので、まずは「上巻のみでも読了できたりいいなあ」くらいを目標にしようと思います。

足利学校方式で「乾」と「坤」は最後に扱います(上巻のみで終わったら扱えませんが・・)。
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