2008年02月

岩波文庫 今月の復刊

岩波文庫の復刊シリーズはドキドキです。

特に今月はすごい!

詳しいラインナップは岩波書店の復刊のページでごらんいただくこととして、さっき本屋さんで衝動買いしただけでも以下の通り。

『玉勝間 全二冊』
『武道初心集』
『玉台新詠集 全三冊』
『孝経 曾子』
『聖アントワヌの誘惑』
『アウグス ティヌス 省察と箴言』
『聖テレジア 完徳の道』

あと、『ラ・フォン テーヌ 寓話 全二冊』と『ダンテ 新生』は行った本屋さんにはなかったけど欲しい・・。

『玉勝間(本居宣長)』は、まずは一冊を書店の近くのドトールで読んでしまった(むろん飛ばし読みだけどね)。面白い!本当に面白い!今度、そのうちのいくつかを紹介しますね。

次に『聖アントワヌの誘惑(フローベール)』。これも読み始めると止まらない。これは声に出して読むに限る本です。表紙の説明をちょっと抜き書きすると「一種の夢幻劇的小説」で、「テバイス山上で隠者アントワヌは、一夜の間に精神的生理的抑圧によって見たさまざまな幻影に誘惑されながら・・」となって「幻覚の発生様式、当時の風俗習慣など、完璧な美しさと厳密な様式を持つ傑作」とあります。面白そうでしょ。

『玉台新詠集』と『孝経 曾子』は持っているけど、線とかバシバシ引いちゃうので、新しいのもあっていいかな・・と。こんな風に何冊もある文庫がたくさんあります。

今日は、このほかに古本屋さんでも10冊近い本を買ってしまった。

そちらに関してはまた・・。

 安田

子どもに「語り」を

この数日は子どもたちがらみのことをしています。小学校に行ったり、箱根神社に行ったりです。

来週は、渋谷区の臨川小学校で「語り」と漢字のお話をします。

「語り」は、かなり前からちょこちょこやっていたのですが、三年前に女優の水野ゆふさんと出会ったことによって定期的に行うようになりました。水野さんとは『ふたりのノーラ』というイプセンの「人形の家」を元にした作品を、能と新劇でするという無謀な公演で知り合ったのですが、せっかくならばこの不思議なコラボを何とか形にしようと思って、いろんな機会を作ったり、本を書いたりしました。

作品が文学作品が多いので、「語り」というよりは朗読かな。でも、本は持たない。僕は能の発声を中心に使って行い、水野さんは新劇のそれで行います。

松岡正剛氏の「ハイパーコーポレート・ユニバーシティ」で呼んでいただいたときにも、させていただきましたた。そのときの模様は『千夜千冊』に書いて下さっています

小学校では、夏目漱石の『夢十夜(第三夜)』と『吾輩は猫である』を行う予定です。『・・猫』は、猫が餅を喰ってしまって大変になる、という箇所で、とっても面白く、漱石ですから、むろん文章としては難しいのですが、かなりウケます。

普段は能管をはじめ、プロの音楽家の人に音楽をお願いするのですが、小中高、そして大学などではボランティアでお邪魔することが多いので、音楽の先生に音楽をお願いします。

ほとんどがアドリブで、しかも三度とか四度、五度のような普通の和音は使わないで下さいとお願いするので、大変のようです。でも、最後は楽しんでやっていただけます。

漢字は甲骨文を読んだり、自分の名前を甲骨、金文で読み書きしたりという授業の予定です。

 安田

ペケから二番目



ずっと論語の話を書いているので、飽きましたね。少し離れます。

今回はちょっと自慢っぽい話ですので、「そんなの読みたくねえよ」って方は最初から読まずに閉じてください。あとで文句を言わないように。

さて、今回の本、『能に学ぶ「和」の呼吸法』は企業関係の方も読んでいただいているらしく、企業研修であれをやってほしいという連絡を本が出て1、2週間後にいくつかいただきました。今までの本ではなかったことです。

「能」と「企業」という結びつきはびっくりですが、実はもう20年ほど前になりますが、中小企業診断士という、当時、通産省がやっていた試験の勉強をするために、某講座に通ったことがあります。

これは友人の会社の取締役を頼まれたので、一応ビジネスのことを知っておかなきゃと思ってビジネス本を読んだのですが全然理解できなくて(というより読み始めるとすぐに寝ちゃって)、資格の勉強なら眠らないんじゃないかと思って始めたのがきっかけです。

一次試験が8教科なので、1教科2回で全16回プラス2回(だったかなぁ)が一次試験の講座。毎回、試験があるのです。

で、僕はその最初の試験で、ペケから二番目でした。クラスは40人くらいだったかな。かなり勉強をしたつもりだったのですが散々の結果・・。

でも、実はこのペケから二番目というのは自分の学習史の中でよくあることで、慣れっこです。高校のときに実力試験という勉強しても仕方ないという試験があったのですが、その最初の地理で学年(400人くらいいた)でペケから二番目。ちなみにペケの奴とは今でも親友。数学の最初の中間試験もクラスでペケから二番目。

そうそう、小学校二年のときに掛け算九九もクラスでペケから二番目。ただ、これは最後まで(ってことは今も)覚えなかったから、長い目でみれば本当はペケだったかも知れないけど・・。

謡(能)の稽古をはじめたときにも全然声が出なくて、こりゃあダメだって感じでしたし、ロルフィングの勉強のときのも最初はかなりの劣等生で、同僚の中村直美さんに頼み込んで毎朝トレーニング会場の近くのカフェで特別講義をしてもらいつつ、凌いでいました。

      ◆◆◆◆◆

で、中小企業診断士の勉強のときも、最初の試験を返してもらうときに、先生から「君は絶対落ちる」と太鼓判を押されたのですが、それは慣れているので「ふんふん」と上の空で聞いていました。

どうも僕は不器用らしくて、最初は全然、勘がつかめないんですね。すごく勘がいい人っていうのはいるのに、ここら辺のメカニズムはよくわかならい・・。

でも、このペケから二番目というのは慣れてみるとなかなかよくて、まず格好をつける必要が全くなくなる。となるとアホみたいな質問もできるし、それで先生や同学から呆れられても、相手も「こいつはそんなもんだ」と諦めているから「かわいそうに」って顔くらいで何とかなる。

で、勉強方法もめちゃくちゃやっても大丈夫。

ビジネスの世界が全然わからなかったので、教科書は一度置いて、マンガ日本経済入門を読んだんだけど、これも全然わからない。ビデオ屋さんに行ったら、そのアニメ版があったので、まずはこれを観る。それでも正直わからない。

で、次はビジネス映画を観る。ビデオ屋さんにあるのは全部観る。日本のも外国のも。20年前だからあまりなかったけど、でも全部観た。

次はビジネス小説。これは日本のを読む。これはいっぱいあった。その次は伝記。松下幸之助とか中内功とか、そんな人の伝記を読む。

で、またマンガ日本経済入門に再チャレンジ。アニメもまた観る。マンガやアニメのいいところは、何度観ても疲れないってことですね。

そのうちにわかってくるんです。まずはマンガね。そしてちゃんとした講座にもマンガを持っていって座右の書にしたりね。「なんだコイツ」って思われていたかも知れないけど、どうせペケから二番目だからみんなあまり気にしない。

最後は40人ほどいたその講座の受講生もどんどん減っていって、結局、一次試験を受けたのは14人。半分以下。で、僕はペケから二番目だったのに合格!

    ◆◆◆◆◆

でも、これは当たり前の話で、自分は頭の中ではマンガ日本経済入門の主人公なわけだから、試験で落ちたら、そりゃあ試験の方が悪い・・なんていうくらいに思っているわけです。だから落ちても、受かってもどうでもいい。

これがペケ2の強さですね。優等生では絶対こんなこと言えない。

でも、もともと自分の勉強のためにやったので、合格しようがしまいが、全く意味はないし、合格証すらどこかに行ってしまってます。

そうそう。

小学校から大学まで、卒業アルバムっていうものを持っていない。確かにあったはずなんですが、今はない。卒業証書もなければ、教員免許もない。むろん通知表もない。本当に自分には過去があったのか、と思うくらい何もない。

みんなどこかにいってしまいました。親もそこら辺は執着しない性格らしく、取っておいてくれてもいない。まあ、子どもが取ってないものを親が取っておいてあるというのも変な話ですが・・。

でも、そんなこといいつつ、実は高校の卒業アルバムのみ手元にあります。自分のものは失くしてしまったのですが、これは親友からの預かり物。

彼はいま失踪中です。

K.S.もしどこかでこれを見ていたら連絡くれよ〜!

古い文字の話



論語は今とは全然違う文字で書かれていた・・ってことを昨日は書きました。

じゃあ、孔子が生きていた時代の文字はどんな文字だったかということは、話が長くなるのでまたの話として、せっかく論語を読むんだったら、やっぱりその時代の文字で読んだ方がいいなじゃないかと思っています。

で、そう思ったのは『易経』の読書会をしたときでした。

もう5、6年くらい前になりますが、友人たちと『易経(周易)』を読む会をしていました。週に2、3回、早朝に集まり、2年くらいかけて「乾」と「坤」以外を読みました。「乾」と「坤」は最初にあるのですが、これを飛ばして読むのは足利学校方式です。むろん足利学校では、「乾」と「坤」もあとで読みますが、これはもっと先に延ばそうということで一応休会にしました。

テキストは漢文大系版です。

このテキストのいいところは注釈が、伊藤東涯(とうがい)王弼(おうひつ)のふたつが載っているということです。

伊藤東涯は儒家的な考え方で、そして王弼は道家的な考え方で注しているので、その両者を読めて、とっても面白い。

で、その読書会をしていたときに、これはやはりもっと古い文字で読んだ方がいいんじゃないか、って話になりました。

ちなみに『周易』は、周の文王が卦辞64を作り、その子である周公旦が384の爻辞を作り、さらに孔子が十翼と呼ばれる注釈を書いたと伝えられています。



周の文王といえば殷の最後の時代、紀元前11世紀くらいですから、多分ウソだろうとは思うのですが、まあ、そんなこと言わずにそれを信じて、『周易』をその時代の文字、すなわち金文や甲骨文に直して読んでみると、これが非常に面白い。全然違う世界がそこに現れます。

大盂鼎・・・といっても読書会の仲間は、高校以来、漢文なんて読んだことないという人たちで、いわんや金文・甲骨文をや!だったので、『周易』自体をちょっと中断して「大盂鼎(左写真)」や「毛公鼎」などの金文や、それから甲骨文も読んだりもしました。甲骨文は島邦男氏の『殷墟卜辞研究』や赤塚忠氏の『中国古代の宗教と文化』から選んで、氏らの古代祭礼の再現の説とともに読みました。

これに関してはまたいつか・・。

で、こういう金文や甲骨文を読むときに、現代は白川静氏のおかげでかなり楽になりました。なんといってもCD-ROM版ですらあります

でも、注意したいのは、やはりひとりの説ではちょっと・・ということです。むろん学者の方ですと、さまざまな視点からの研究をするとは思うのですが、僕たちのような趣味で読むものたちでも、漢字の語源的なことを考えるには以下の三人のものを参考にしたいと思うのです。

・白川静(一番入手しやすいし、面白い)

・加藤常賢(とっても確実です。基本!抑えておきたい。湯島聖堂での講義が『漢字の起源』という本になっているけど、ヤフオクか古本屋でしか入手できません)

・藤堂明保(音韻の方から攻めている。字形の方からの説明はイマイチですが音韻から攻めることは非常に重要です)

で、この三者(あるいはもっといろいろな)のうちのどれがいいかは、どうぞご自分でお考えください。

そうそう、オリンピックのおかげかどうか中国では古典の基礎資料の出版が相次いでいます。上海に買いに行きたいと思っています。買いたいのは以下の二種類。重いので当然、船便で送る。

・殷周金文集成 中華書局 修訂増補本
・甲骨文校釈総集 全20巻 上海辞書出版社(上海古籍出版社?)

・・では、また。

論語は本じゃなかった



論語のことを考えていたときに、孔子の生きていた時代には、いわゆる「本」というものがなかったということを知ったときは驚きでした。いや、それよりも文字を書いたり、読めたりした人も非常にすくなかった。孔子自身ですら文字を書いたり、読んだりすることはできなかったか、あるいはそんなに堪能ではなかった可能性すらあるのです。

ですから僕たちが論語というと思い浮かべる和綴じの・・・
和綴じsmallこんな本は、原論語からはかなりかけ離れたものなんですね。これはすごいことです。

まあ、でも論語の享受史的に考えれば本としての論語を読んでいた方がずっと長いので、論語は本だって考えても、それはそれでいいのですが、でも一度ここから離れて論語を読んでみると、また違う論語の姿が見えてきます。

じゃあ、論語は何に書かれていたかというと、これは本当のところはよくわからないのですが、多分、竹簡かなあ。いや、たぶん何にも書かれていなくて、あるときまでは口伝で伝わっていて、それから竹簡になって、で、それから紙に書かれたんでしょうね。

あ、そうそう。竹簡というのは、細く切った竹に字を書いて、それを紐でつないだもの。「册(冊)」って漢字は昔はこんな風に・・・
冊書かれていて、これは文字を書いた竹を紐でつないだ形です。でこぼこの縦線が竹ですね。

少し多くなるとぐるぐるっと巻くので、いまでも一巻、二巻なんて言い方で残っています。たまに竹簡を作って遊ぶと楽しいです。それはさておき・・。



じゃあ、紙に書かれていない、すなわち本になっていないということはどういうことなんだっていうと、そりゃあいくつかありますが、なんといっても「携帯」ができない。

でかい竹簡を持ち歩くことなんてできないし、なんといっても貴重ですからそう簡単には買えないし、貸してくれない。大英図書館にある羊皮紙に書かれた本よりももっと貴重だったはずです。

だから論語を学ぶ人たち=孔子を知らない孔子学派の人たちは、今の僕たちみたいに岩波文庫の論語をポケットにねじこんで、いつでもどこでも読む、なんてことはできなかったのです。羨ましがるだろうなあ。彼らは。

じゃあ、どうやって読んでいたかっていうと、それもよくはわかりませんが、想像すると、たとえば師匠から一文を口写しに教えられて、それを弟子たちは数日反芻しながらさまざまな思考を巡らす。それが論語の読み方だったんじゃないかと思うのです。

で、これはとっても豊かな読み方で、じわじわじわじわと滋養が溢れてくる。本当においしい論語の読み方です。



「本がなかったって言ったって、論語の中には詩書(詩経と書経)を学べ、とあるじゃん。詩経と書経は本としてすでにあったはずだ」という反論があると思いますが、確かにあったかも知れませんが、でも孔子の時代はそれは本当にすごく貴重で、孔子といえどもそう簡単には目にできなかったんじゃないかな。ましては学派の人たちは入手できなかった。

でも、『平家物語』も、そして能の謡曲もちょっと前までは全部口写しだったわけで、詩書もそうだったんじゃないかな、と思うのです。謡曲二百数十番を節を間違えずに全部覚えることを考えれば、詩経や書経の暗誦はそんなに大変なことではありません。

そうそう、それと論語は(これまた当たり前ですが)今とは全然違う字で書かれていた、これも大事です。

・・が、それに関してはまた書きます。
  • ライブドアブログ