百万の姿

昨日は国立能楽堂で能『百万(ひゃくまん)』がありました。おシテは観世流の高橋弘先生です。

ブログには、舞台のことは基本的には書かないのですが、『言語』(大修館)の連載、「神話する身体」のことでいろいろ考えていたら、詞章がとても面白いなあと思って・・。

「百万」というのは女曲舞(くせまい)、すなわち舞を舞う人で、この曲では夫にも子にも別れて物狂いになってしまった母親が、嵯峨にある清涼寺の大念仏の場で曲舞を舞うと、仏様の霊験でわが子に再会するというお話です。

・・・が、山姥の山廻りを曲舞に作って謡うのを得意とし「百万(ひゃくま)山姥」と呼ばれている遊女もいたり、遊女系のお話だと思われるものです。

そうそう、昨日は土取利行さんともお会いして、ちょうど「あそび」の話をしていました。土取さんとお会いすると、いつも教わることがたくさんあります。

で、能『百万』で、彼女が自分の姿を描写するのに・・

肩を結んで裾にさげ
すそを結びて肩にかけ

・・・というのがあります。

「肩を結んで裾にさげ」というのはまだしも「すそを結びて肩にかけ」って、どんな格好だろうと思うのです。すそを結んで肩にあげてしまったら・・。下着なんか、つけてないしね。

何か違う意味があるのかなぁ。

前々からこの詞章は不思議だったのですが、いまちょうど考えているのが神話と裸体で、特に性器を露出することとその意味なので、今まで以上に気になってしまいました。

有名なのは天岩戸神話でのアメノウヅメノ命ですが、その他にもいくつかあります。

このことについては『言語』の原稿を書き終わったら、また書きます。

 安田

殷王朝における上帝祭祀について

先日、キリスト教のミサについてメモのようなものを書きましたが、今日は古代中国の王朝である殷王朝の上帝祭祀について書きます。

古代におけるさまざまな儀礼間にどのような関連があるのかを考えたいと思っています。

そして、それが神話の中にどのような描かれているか、またそれが私たちの日々の営みのどんなところから生まれてきたか、そしてそれを現代という文脈の中で考えたときにどのように考えられるか(心身ともにね)・・なんてことを考えています。

で、それを大修館書店の『言語』の連載に書いていきます。・・が、今回はまだ無理そう。

今回もメモ的に書きますので、以下の文章は、多分ほとんどの人には「つまらない」と感じられてしまうと思います。後日、もう少しわかりやすく書きます。

あ、殷王朝というのは現在、その存在が確認されている中国最古の王朝です。近頃は、その前の夏王朝の存在もかなり確実視されてきてはいますが、殷王朝のすごいところは甲骨文や金文による文字資料が存在するということです。

「上帝」=「帝」というのは殷王朝における最高神です。次の時代の周になると、これが「天」になります。

上帝への祭祀は戦前くらいまでは殷王朝には存在しなかった、なんていわれてました。島邦男氏が『殷墟卜辞研究』(弘前大学版)で上帝祭祀は存在したとして、その祭祀について書かれ、赤塚忠氏が『中国古代の宗教と文化』(角川書店→研文社)の中でその祭祀の復元をされています。

以下は赤塚忠氏の復元されたものを、メモとしてまとめたもので、今度行うセミナーで使うためのものです。

※島邦男氏の『殷墟卜辞研究』はすべて手書きです。甲骨学会の会報も手書きだったんですよね。PCとかない時代だったし、甲骨文字や金文、さらにはその釈文だって活字にない字ばかりなので・・。

というわけで以下も「ない漢字」は適当なものに直してあります。

●殷王朝における上帝祭祀の復元 赤塚忠

上帝祭祀は祈年祭として行われていた

【準備】
時期・冬至〜陰暦三月が多い

・卜問
 祭場
 祭るべき神々とその儀礼
 犠牲の種類と数量
 参加すべき者と分担
・狩猟
 狩猟
 漁
 羌人の捕獲
・祭場の準備・・山を背にし、水に臨む地を祭場とし祭壇などを作る
 土・・大地の象徴、諸神を寄りつかせる→四土
 宗・・祭りの宮
 邑・・模擬的な邑(参集した王以下の群臣・諸族が宿る)

【招神と供饌】
・降雨と降雨を促す祭礼
・禰(みたまや)に祈り、酒を飲んで(あるいは酒を捧げて)その霊を受ける
・錙鞭堯卜蕁木を組んで焼く。犠牲を焼いて捧げる。柴
・酒礼・・河に対して行うことが多い
 ※衣を送ったり、船を浮かべたりもする
・方禘
 方:神職者が四方から祭場に神霊を招き寄せる呪術儀礼
 禘:招いた神霊を定められた神位に鎮座させる呪術儀礼
   最重要は風(上帝の使者)を祭って、年間の天候の順調が推移を促すこと
・犠牲の供饌
 卯・斬・剛・俎など、犠牲を切り裂いて、その生々しい血を出して、それを捧げる
・祭る順序
 その地の神→上甲以下の先王→河→岳、虁(夔)などの諸神→王の黍礼
 先王を一定の系列で祭る。族祖の霊の獲得による王の聖化。
 先妣も祭る:女性神。

・上帝に対する供饌=将(將)
 この儀礼を行い得るのは王の他は「婦好」「婦邢」などの女性と諸族長のみ
 犠牲の骨を捧げることが重要か
 「凡」の祭礼もともに行われた。神霊を呼び寄せる。
・上帝の一撃:上帝が王の供した「將」に一撃を下す。
       上帝の嘉納の象徴儀礼
       「尸(かたしろ)」がいたか。賓・客

★主祭者から主宰者への性格の転換

【藉田】
以下の儀礼は王自ら行う。が、婦邢が行うことも少なくない。

黍と灌
 黍:禾(あるいはそれを象徴する植物)を植えて、これに水を廻らす
 灌:水を注ぎかける泴(盥)
 降雨と豊穣の予祝儀礼

藉田:鍬で耕す儀礼

【労酒】
労酒:饗宴。直会。
魯:慶賀。歌舞を伴う予祝をする。

【帰還】
帰国の卜問

※ミサと比べてみると面白いでしょ。これと大嘗祭とを比べるとまた面白いです。
※女性の役割が非常に大きい。これは大嘗祭も同じ。これについてはゆっくり考えたいです。よく言われる、女性の

 安田

チベット再び

いやはや、チベット暴動はすごい状況になってきましたね。本当のことが何もわからない、というのがすごい。こんなにネットも普及しているし、中国ももうあまり秘密主義ではないよ、という顔をしているのに、これだけ何もわからせないということを貫き通せるのは、さすがの老獪さですね。

アメリカもヨーロッパも経済のことがあるから「オリンピックには出ん!」なんて強気はいえないし、なんかルワンダのようでもありますね。あの老獪さに比べれば、どうも利権がからんで複雑そうな日銀総裁問題でわいわいしている日本なんて、本当に若い、若いって感じです。

というわけで、チベット問題はどこまでが事実で、どこまでが憶測かわからないので、それ自体に対するコメントなんかは誰もできないんじゃないかな。でも、テレビに出ている人たちなんかはしなければならないから大変ですね。

というわけで、自分がチベットに行った1987年のときのことを。

『最後の授業』という小説があります。フランス・ドイツの国境の町(フランス領)が舞台で、ドイツに占領され、学校ではもうフランスは今日限り使えなくなるという、フランス語での最後の授業の模様が書かれた小説です。

小学校の授業で読んだのかなぁ。

当時、チベットでも中学以上ではチベット語を使うことが禁止されていました(小学校はどうだったか覚えていない)。学校で使うのは中国語のみ。チベット語を使うと、鞭で叩かれると、ある高校生は言ってました。

そして生まれる子供も、チベット名ではなく中国語での命名が奨励されていた。むろん日常的にはチベット語を話していたけど、それでも中国語が国語で、チベット語は第二言語。

・・そんな話を聞いて『最後の授業』を思い出しました。

リトアニアの人で知り合いが何人かいます。知り合った当時、大学を卒業して少し経ったくらいの人たちですが、彼らはみな5、6ヶ国語を操ります。それも、たとえばロシア語ならトルストイを読むし、ドイツ語ではゲーテを読むほどに。

で、彼らが操るのはどんな言語かと考えてみれば、それらはすべて、かつて占領されていた国々の言語なのです。

一番最近のは英語。むろん、これは<いわゆる>”占領”ではなく、経済的占領ですが。だからリトアニアは地理的には英国の方が近いのですが、英語はアメリカ英語。むろん、これも非常に流暢。

一番間違えるのはリトアニア語だとか・・。文法が!異常に!難しい(ちょっと習ったのですが、サンスクリット語の文法に似ていて、すぐに挫折)からもありますが、それでも悲しい・・。

『ショアー』という映画の中で、ユダヤ人は「聖書を読む人々」である、という定義があったような記憶があるんだけど(違う作品かなぁ)、ユダヤ人はもうずっとずっと前に土地も言語も奪われて、それでもユダヤ人たり得ていた。

もし日本人から日本語を取り上げられ、そしてこの列島から追い出されたら、何を以て日本人たり得るんだろう、そんなことをもう20年以上も考えています。こういうことを考えたのもチベットでの体験が元です。

さて、そのころのチベットですが、そんな状態でしたが、まだ街路ではダライ・ラマの写真もワッペンも売られていたし、実質、一妻多夫制も残っていました。公衆トイレだって、中国のように横の板がないだけでなく、前後もなく、みんな仲良く大便していたし、なんといってもトイレに男女の別もなかった。泊まっていけ、泊まっていけと一宿一飯の恩義に預かったりと、大都市のラサでさえ、まだまだのんびりしていた。

それが89年の大暴動で大きく変わってしまった。

今回の暴動のあとではどうなってしまうんだろうか。

 安田

ロルフィングの不満(1)3回で見直し

「ロルフィングを受けたんだけど、よくわからなかった」とか「全然よくなかった」とかいう相談というか苦情が、去年あたりから和と輪のメールや同僚ロルファーの中村直美さんのところに寄せられます。

今年はもう6件もあって、まだ3月だというのになかなかのペースです。

苦情というのは、言う方もなかなか言いにくいもので(ネットのように匿名だと簡単すぎて、これまた意味ないけど)、しかも本人にではなく僕や中村さんにわざわざ言うというのは本当に大変な決断だったんだろうなぁとお察し申しあげるのですが、ですからこの6件の苦情の陰には数十倍の方がいらっしゃるに違いないと思っています。

で、そういう相談をわざわざお寄せいただく方は、本当にご自分の体を何とかしようという気があるので、中村さんから残りのセッションを受けたり、あるいは10セッションを受けた方はポストセッションという形で受けてみると、「今まで自分が受けたのと全然違った」という方がほとんどなのです。

うちに不満をお寄せいただく方の多くが、「何をされているのかわからなかった」とおっしゃっています。僕の『ロルフィング』の本のリンボウ先生の体験を読まれて、「もっとがっしりやってもらえるつもりが、ただ手を置かれていて、指示をされるだけで、これなら自分でやってもいいじゃん」とか「なんかスピリチュアル系みたいなノリで変だった」などといわれます。

でも、そういうことが好きな方もいて、そういう方の場合は中村さんや僕からロルフィングを受けると逆に不満を感じて、ほかのロルファーに苦情を言っているかも知れません。ふたりともタッチは割合しっかりとしていますし、またスピリチュアルなことやメンタル的なことを期待されても「ロルフィングではそれは扱いません」って割合冷たく言ってしまうので・・・。

というわけで、これはロルファーの上手い下手という問題というよりも、相性の問題が大きいと思うのです。

    ◆◆◆◆◆◆

ロルフィングは「きく」はずです。これは、きいた「気」とは違います。明確にわかる「変化」がそこに生じます。もし生じてなかったら、それは失敗の可能性、大です。むろん、その変化というものが受け手の期待するものかどうかはともかく(たとえば腰痛が全快するとかね。それは難しい)、しっかりした変化はそこに生まれます。

本にも書きましたが、3回受けてみてダメそうだったら、あるいは変化の兆しが見えなかったら、早めにロルファーを選びなおした方がいいと思います。

僕は自分のクライアントの方にもそれを薦めることもあります。

むろん変化が起きにくい人というのはいます。ただ、その場合はかなり初期のころにロルファーから「今はロルフィングを受ける時期ではないのでは」という提案が出ると思います。変化すべきときでないのにロルフィングを受けるのは、時間もお金も無駄になるし、なんといっても大事な<最初のロルフィング体験>をムダにしてしまいます。

というわけで、「これはちょっとだな」と思ったら、ぜひロルファーの見直しをしてみてください。

ただ、たまに「誰かいいロルファーを紹介してください」というメールをいただくのですが、これは残念ながらできません。少なくとも自分が受けたことのないロルファーのよしあしはわからないし、ロルファーも日々変化をしているので本当にわからないのです。

すみません。

で、この問題はこれからも何度かに分けて書いていきますね。

 安田

3月17日(月)の朝日カルチャーセンター>受講生の方へ

今日は新宿の朝日カルチャーセンター、ロルフィングの講座でした。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。そして、いつもながらお疲れ様でした。

今日は3回目。ロルフィングの第3セッション的な内容を中心に行ないました。またまた大貫さんにお手伝いいただいての講座です。

●最初に『易経』の艮(ゴン)の話をしました。もう少し詳しく書きますね。

艮の卦辞(これについては次回に説明します)に「その背に艮(とどま)りて、その身を獲(え)ず。その庭に行きて、その人を見ず」とあります。

心が止まるべきところ、すなわち背中にしっかりと止まっていれば、体が動いても、それで心が動き乱れることがない。すなわち身体はあってないような境地になれる。内に身体がないならば、外の世界に対しても心が動くことはない。朝廷のようなところに行って、貴人に会っても、そのような人はいないのと同じくらいの平常心でいられる。

・・なんて意味でしょうか(普通の注釈書とはかなり違う解釈ですが)。

この境地はともかく、まずは「背中にとどまる」、あるいは「背中で休む」という感じを得ていただくのが今日の目的でした。そのためにしたことは以下の通りです。

●菱形筋の話
 犬の菱形筋の話などもしました

●タッチの練習
 コーンスターチを使って行ないました。
 (1)Touch
 (2)Sink
 (3)Contact
 (4)Move
 ・・が、これがかなりかかって、ここまでで約1時間。

●前腕で練習
 筋膜へのタッチを練習しあいました

●菱形筋を受かって腕上げ
 腕を上げるのに菱形筋を意識するとどう違うかを体験

●腕ブラ
 菱形筋を伸ばす

●肩胛骨でいろいろ遊ぶ

●肩胛骨の内側に指を入れる

●背中で休む

●筋肉の記憶の話

・・でした。

いかがですか。覚えてましたか。

次回は大腰筋や腰方形筋にアプローチしたりして、かなりコクなります。お楽しみに&覚悟しておいでください。

 安田

講演の準備について

昨日のブログでは、本当はこちらを書くつもりだったのですが、続々入ってくるチベット暴動のニュースと、その反応の衝撃があまりに大きくて、思わず政治的な話になってしまいました。

      ◆◆◆◆◆◆

さて、土曜日は講演を頼まれて箱根まで行ってきました。聴いてくださった方は250名ほどで時間は1時間半。

講演とかワークショップとか授業とかは大好きです。ほとんど嗜癖と言っていいほど好きで、文章を書くよりはずっと(×8くらい)好きです。だから朝日カルチャーセンターとか学校の授業とか、あるいは今回のような講演とかは、終わるととても元気になります。

・・が、肉体的にはとっても疲れるので、帰ってからはバタンキューと眠ってしまいます。スポーツをした後の疲労感に似ています。その夜に原稿とかブログとかは全くできません。やるとしたら家に帰る前にどこかのカフェに寄ってやっていきます。

これは1時間半の講演でも、あるいは8時間でも同じくらいに疲れます。不思議です。

      ◆◆◆◆◆◆

でも、たまに講演で困るときがあります。

それは依頼してくださった方から、「どんな内容にするのか事前にちゃんと教えてほしい」とか、学校などでは「授業案を出してください」なんていわれたときです。まあ、気持ちとしてはわかるのですが、これは本当に困ってしまいます。

最初のころは真面目にそういうのを出して、しかもレジュメなんかも作って、それに従って講演なんかをしていたのですが、そうなると本当につまらない。聴いてくださる方も眠っている方がチラホラ・・。そこである時から、やはりこれは自分に向いていないと、ヤメにしました。

とはいえ何も出さないわけにはいかないので、かなりきっちりしたものを一応出し、主催者の方の顔は立て、そしてきっちりで安心させておいて、本番はそれを無視して(というか本番のころには完全に忘れている)やります。

事前準備はむろんします。だいたい演題というのが決まっているので、それを見て「こんなことを話そう」とか「こんなことをやろう」とかいうアイディアを、ひとつひとつポストイットに書いて、それをペタペタと情報カードに貼っていきます。

ここで「これを最初に話して、次にこれを」なんて、ちゃんと並べないことが大事です。適当に貼ります。

この作業も会場に向かう電車の中でやることがほとんどです。その方が霊感(!)が沸きます。

で、講演が始まると、最初の方に問いをいくつか聴いている方に投げかけます。これは1,000人くらいの会場でもやります。その応えによって、どんな風に話していくか、どのようなことを中心に話していくかが自然に決まってきます。

あ、ここで「応えがこういうのが多いから、こういう順番で話していこう」と「頭」で考えちゃダメです。こういうときに頭はすでにアガっているので、頭に任せると大体失敗します。自然に任せるというか、お腹とか脊髄とか、頭以外の感じに任せた方が(少なくとも僕は)うまくいきます。

あとは能の構成法である「序破急」になるように時計を気にしながら、話を組み立てていきます。むろん反応によって途中でも、どんどん変えていきます。もうほとんどジャズのセッションのようなつもりです。

この「序破急」のすごさはちょっとびっくりですが、この話はまた長くなるので、またいつか・・。

      ◆◆◆◆◆◆

話す内容を事前にちゃんと決めていってうまくいくのは、講演者がとっても有名な人の場合だけじゃないかな。とっても有名な人だと、聴衆は最初から「聴こう」と思っている。講演というよりもパンダを見にいくようなものなので、何をしても大丈夫。

それが僕のように有名じゃなく、かつ聴衆が200人とか1,000人とかになったりすると、聴いている方は「自分は大勢のひとりだ」と安心しているので、もう最初から「寝よう」と思ってくる。そこまででなくても「面白かったら聴いてやる」くらいのつもり。

だから、ちょっとでもスキを与えると眠られてしまう。むろん序破急の「破」の部分では眠さも大切なのですが、前述の通りそれはまた別の機会に。

というわけで絶対に作らないのはパワーポイントです。聴衆としての自分の経験からでも、パワーポイントを使った講演で、心から面白いと思ったのはひとつもない。まず、ちょっと暗くなるのでそれだけで眠くなります。しかも事前に書かれているものなのでライブ感がない。それとパワポがやけにひどい出来だったり、あるいは逆にやけに凝っていたりすると、これまたダメです。パワポに使われている感じ。

とはいえ、以前に3DCGの本なんかを書いたこともあり、CGをいじるのは好きなので、こういうのを作るのはどっちかというと好きです。だから友人のパワポ資料作成を手伝ったり、代わりに作ったりもしている(CGアニメを入れたりね)のですが、自分では絶対使いません。

友人に聞けば、パワポ資料を作って、それを印刷して配布する、というのが条件の講演もあるみたいで、そういう講演を引き受けたら大変ですね。

僕は絶対受けません!

      ◆◆◆◆◆◆

講演にしろ、授業にしろ、自分の知っていることを話すだけでは意味がないと思っています。自分ひとりっていうのは絶対たいしたことないでしょ。これはどんなにすごい人でもね。で、そこにはせっかくたくさんの人がいるわけですから、その人たちは自分と同じくらいにはすごい。だから、それだけ人が集まれば、そこで何か新しいことは生み出されるはずです。むろん、ひとりひとりの心の中で生まれているものもあって、それは見えないわけですが・・。でも、同様に自分の中にも何かが生まれているはず。

事前に決めたり、パワポを作ったりしたりということは、そういうことは起きないという前提になってしまう。それなら本を読んでもらった方がいい。

自分も会場にもポストイットとかメモとかを持っていって、途中で思いついたことはバシバシ、メモしてしまいます。で、それを元に話がぐわっと変わったりもします。

さて、土曜も面白いことを思いつきました。

・・が、それをここに書けるようになるには、まだまだ時間がかかります。

 安田

チベットの暴動

今日、池袋を歩いていたら街宣車が止まっていて、チベット暴動に対する中国政府の対応を批判する演説をしていました。で、その下では法輪功の人たちが、やはり同様の反対運動をしていてチラシ配りをしていました。

チベットには1987年以降、行ってません。

能の『翁』の冒頭の謡である「とうとうたらり、たらりら」チベット語説(河口慧海師)を確かめるためラサに行き、その年、土地の古老から、それに非常に似た歌が『ケサラ王伝説』という英雄叙事詩にあるという話を聞き、実際に歌ってもらいました。ここら辺の事情については、かつて書いた(『ワキから見る能世界』NHK出版)ので省略します。

で、もっと調べるために88年に行こうとしたら予定が立てられなくて(やはり一ヶ月以上はいたい!)、翌年の89年に行こうとした大暴動。それを外国人が煽ったということで、それ以来、外国人のチベット行きが非常に制限されるようになりました。

当時は知り合ったラサの人のうちに泊めてもらったり、お寺でも明け方まで話し込んだりできたのですが(多分、内緒で)、それ以来はラサの人と外国人が二人っきりで話しこむなんてことはおろか、ふつうに話をすることすら禁止。すべてがすでに決まったルートを歩かされるだけの(それがいかに自由に組み立てられるように見えてもね)旅行になってしまったそうなのです。

87年に知り合いになった日本人が、数年前にラサを再訪したのですが、彼からそういう話を聞いたので、もう行ってませんでした。

それが今回の大暴動の報道。現在は記者も含めて外国人も入れないとのこと。

どうなるんだろう。オリンピックも含めて・・・。

でも、これが街宣に使われたり、法輪功の何かに使われたりすると純粋に怒れなくなるなあ。

 安田

上海から朗報

小田原にあるCLCAというNPO法人の子供たちに謡を教えたり、あるいはときどきいろいろな方を紹介してワークショップなどをしています。

CLCAの最初のCは「こども」、Lは「生活」、次のCは「文化」という、その三本柱で、世の中にNPOなどというものができる、ずっとずっとずっと前(どのくらい前なんだろう)から寄宿型の教育をされていた「はじめ塾」というところが母体になってできているNPO法人です。

さて、このCLCAの子供たちがいま中国に行ってます。新作能の『九頭龍(くずりゅう)』を引っさげて、蘇州で文化交流をするためです。実は蘇州ぐみはもうちょっと後で、まずは先行グループが上海に入っています。

で、僕は今回は一緒に行けなかったのですが、ナント厚顔無恥にも「上海に行ったら上海古籍書店に行って本を買ってきて。船便で送っていいから」とお願いしてしまいました。遊びじゃないのにね・・。

さきほど電話があり、あった!ということ。そして船便の手配も終わったとのこと。やった!!

前のブログにも書いた以下の本です。

・殷周金文集成 全8巻
・甲骨文校釈総集 全20巻

合計28巻!またまたうちの本棚が大変なことになりますが、しかしとっても楽しみです。

これってたぶん、北京オリンピックおめでとう!出版のような気がして、もう来年か再来年には入手できないかも知れないなんて思っていて、こりゃあ上海に行かなきゃなあって考えていたくらいですから、本当にすごく嬉しいです。

うちにも「三代吉金文存」や、いくつかの甲骨文の本(いろいろバラバラに出ているので大変)はあるのですが、これでかなり整理されて揃いそうです。中味を見てないからわかりませんが・・・。

日本でも漢籍はどんどん入手不可能になるし、頼みの綱だった台湾も古典を出していた出版社が倒産しています。こんなときメイン・ランドでの古典の見直しと出版はとても嬉しいです。

ただ、チベットの話は本当に悲しいけど・・。これに関しては、もう少し情報が入ってきてから書きます。

カトリックの典礼と・・

能の笛方の槻宅(つきたく)さんとは、いろいろなところでワークショップをご一緒させていただいています。今年も東京、島根などいろいろなところであるので、昨日(あ、一昨日になってしまった)はその打ち合わせをさせていただきました。

・・が、実は打ち合わせはそっちのけで、槻宅さんからカトリックの典礼のお話を伺ったのですが、これが非常に面白かった。能や中国古代(特に殷)の宗教儀礼との関連から考えると、本当に面白すぎです。西洋なのに不思議だな、と思ったら、原始キリスト教は西洋発生じゃないというお話。なるほど、そういえばそうです。

門外漢の僕にわかりやすく説明してくださったことと、伺いながら書いた自分のメモなので間違いもあると思います。どこかに書くときにはちゃんとした文献に当たろうと思っておりますが、以下、そのときのメモを・・・。

典礼は大きく分けると「コトバの典礼」と「感謝の典礼」とになる。

●言葉の典礼
行列で入ってくる
歌などがあり
あいさつなどがあり
祈り
朗読×3(予形→対形→原形)
 ※予形は旧約、対形は使徒書簡など、原形は福音書
説教

[ここでテーブルに移動]

●感謝の典礼:最後の晩餐の再現(祈り、磔刑の前の晩)
テーブルに供え物(奉納)
手を洗う★
侍者が手伝って準備
典礼文
 序唱・・これに関しては槻宅さんに非常に面白いご自説あり
 奉献文・・最後の晩餐を中心に組み立てられた祈り
パンを掲げて「これは主の体」云々
歌:毎週末、キリストの再誕までこれを繰り返すという内容
主の祈り、握手
アニュス・デイを歌いながらパンを割る(これが非常に重要!)
パンをぶどう酒につけたり・・
 配ってパンを食べる
 ぶどう酒を飲む(というのはこのごろあまりやらないらしい)
 ・・濃茶はここから来たかという説もあるとのこと

◆◆◆◆◆◆

特に感謝の典礼は重要で、キリストの体を自分に受けるため、すなわち聖体拝領。コミュニオ(神との一体化)

プロテスタントではこれを「想起」と考えるが、カトリックではキリストの「現存」と考えるとのこと。

この「現存」というのがとっても面白いのと、あと手を洗うというのもかなり引っかかりますが、これについてはまた後日に。

すみません、今日はメモだけで失礼します。

 安田

『きょうの健康』とMBTの靴

NHKのテレビテキストの『きょうの健康』に、この4月号から連載を始めました。津村先生の写真をドーンと載せて、僕の文は500字くらい。いつもながら他人のふんどしで相撲を取っているような連載です。津村先生、ありがとうございます!

さて、4月号の『きょうの健康』の見本誌が数日前に届いたのですが、表紙をめくるとわがふるさとの銚子が載っていました。が、僕の育った海鹿島は載っていませんでしたが・・。

銚子に行って魚食べたい!いわしがうまいです。

で、さらにパラパラめくっていたらMBTの記事(広告かなあ)もあった。

実はこの数日間、MBTの靴を履いています。あ、MBTって知ってますか。Masai Barefoot Technologyの略で、マサイの人たちの裸足の歩行技術をスイスの人が靴にしたようなのです。子どものころはかなりの時間、裸足で過ごしていたなあ、と思い出しました。浜で遊ぶときは、当然ですが靴なんかだと砂が入っちゃうので裸足ですし、道路もあまり舗装されていなかったので裸足、むろん家は裸足だしね。

僕はこの靴の存在は知らなかったのですが、朝日カルチャーセンターに履いていったら、まずはカルチャーセンターの担当の二階さんが履いていて、しかも身体系の講師には履いている人が多いとのこと。う〜ん、そうなんだ。

で、MBTですがDVDやパンフもあったのですが、それは見ずに履いています。というのは最初に履いたときに、これは自分の体で調整しながら履いた方が面白そうだなと思ったからなのです。

というわけで、履いていますがとっても面白い。

ブログなので個人的なことを書くことを許していただければ、今まで自分にあう靴が全然なく、Regalから始めてさまざまな靴を試し、いまはただ一種類の靴だけを履いています。が、それは革靴なのでスニーカーやら何やらいろいろ買ってはみるんですが、全然あわずにすべて靴箱にほぼ新品のまま入っています(スニーカーは娘が持っていきます)。

で、MBTもどうかなと思い、試してみているのですが、なんか歩いているというよりも自転車に乗っているときのような感じで歩けます(ってわかりますか)。だから歩くのがとても楽だし、どんどん歩きたくなります。

前にも書いた(かな)ように、歩くのはとっても好きで、東京から富士山まで歩いて往復というのは本当に何度もやったし、学生時代は電車代を節約するために東京から銚子まで歩いて帰省したり、一度は東京から和歌山県まで歩いたりもしました。だから歩きやすい靴というのは、すごく好きです。

深層筋の活性化にはSubtle(かすかな)動きがいいのですが、MBTですと大きく足を踏み出さなくてもいいので、大腰筋のSubtleの動きで歩くことができ、たぶんからだの中で大腰筋が活性化されているんだろうな、なんて感じながら歩いています。

MBTを進めてくれた方が言っていたことですが、すり足の要領で歩けるんです。

・・なんてことを書きすぎると広告になっちゃうので問題点も。

ひとつは依存性のおそれ。舞台に行くときは普通の革靴を履いていくのですが、これが歩きにくく感じてしまいます。手放せなくというか足放せなくなりそうでコワイのですが、まあいつも買う靴と価格もほとんど変わらないので、これはあまり問題ないかな。

それとまだうまくいかないのは立っているとき。電車で長い時間立っているときなどは、普通の靴よりも疲れます。特にあまりつり革を使わないようにしているので余計疲れるのかも知れません。ひょっとするとこれは無理な筋肉の使い方をしているのかもと調整しながら電車に乗っています。

さてさて、これからどうなることか。ときどきレポートします。

 安田
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