ちょっとバタバタ

この数日、舞台があったり、箱根に行ったり、ロルフィングをしたり、朝日カルチャーセンターがあったりと何かと忙しく、ゆっくりとブログが書けません。

・・・というのは言い訳で、本当は、非常に大切な原稿をひとつ書き忘れていて、焦って書いているからなのです。依頼されたときにアイディアがパッと浮かんで、それをメモしたので、もう書いた気になっていて忘れていました。

本当に忘れっぽくて、これが長所として出ることもあるのですが、大概は問題を引き起こします。傘なんかは一ヶ月もったことがない。

そうそう。去年と今年でお財布は三度失くしました。クレジットカードもキャッシュカードも、むろん現金も入っていました。・・が、三度とも出てきました。警察から連絡があって取りに行ったのですが、拾ってくれた方は名前も残してくれなかったためにお礼もできていません。

「よく出てくるね」と友人たちから関心されます(が、その前に呆れられていますが)。

とはいえ、舞台での台詞は忘れないようがんばっているし、舞台の装束も電車で置き忘れたことはないので、まあただの気の緩みですが(出演料は何度か失くしたことあり!)。

何かひとつのことをしていると他のことに気が回らなくなります。千葉の方の京葉線のホームで電車を待っていたときに本を読んでいたのですが、目の前を何台も電車が止まったのに気づかず、一時間くらい本を読み続けていたことがあります。

「何で電車が来ないんだよ」と思ったのですが、自分が気づかなかっただけでした。

こうなると性格というよりも、もっと基本的なところに問題があるとしか思えません。気質ではなく器質に問題がある!

でも、この器質の問題が今の自分を創っているに違いないわけで、まあそれならお財布失くすくらい仕方ないかなと思っています。で、仕方ないかなと思っているから多分出てくるんじゃないかなとも思っています。思っているだけですが・・・。

なんてことを書いているヒマがあったら原稿を書け!と自分に言い聞かせて、これから書きま〜す。

未詳倶楽部レポートも途中ですみません。

このレポートは、次回はその中で読んだ甲骨文を紹介しようと思っているのですが、ひょっとしたらそれはブログよりもホームページ化した方が読みやすいかも知れないな、などとも思っています。

というわけで今日は失礼します。

 安田

月曜日の朝日カルチャーセンター(新宿)

月曜日は、全5回のロルフィングの講座の最終日でした。

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

さて、やった内容を大貫さんが送ってくれましたので、ちょっとだけ補足して載せます。

●日想観の話

●大腰筋を使ったすり足
ズボンの前をつまみ、大腰筋が腿を引き上げるようなつもりですり足をしました。何度かやったあとは手を横において行いました。

●仙骨ゆるめ
うつ伏せで呼吸に合わせて仙骨をゆるめるということを行いました。なかなか動かない人には、腿の裏や足裏、あるいは腰などにもワークをしました。

終わると眠くなる人、続出でした。非常に深いリラクゼーションをもたらす効果があります・・が、カルチャーセンターなどでやりすぎると帰るのがイヤになる。

●梨状筋
お尻の深いところにある筋肉、梨状筋にアプローチしました。これは「必要ある人だけ」という話だったのですが、結局ほとんどの方がされていたようです。仙骨の後に梨状筋ですから、さらに眠くなる人続出で、このまま続けられるのだろうかとやや不安に・・。

ひとりで行なう場合にはゴルフボールなどを使うと効果的。

●翼突筋ゆるめ
口の中に指を入れながら翼突筋をゆるめました。口の開き方の変化が感じられます。

僕はこれでビッグ・マックを食べられるようになりました。あと歯医者さんが楽になりました。

●首回し
首の片方に固いコリがある人に対するアプローチ方法の練習をしました。鏡を見ながらだとひとりでもできます。1,2回でコリが取れます(もっと必要な人もいますが、今回は割合みなさんうまくいったようです)。

目がぱっちり開いた、という人が多くいらっしゃいました。

●小後頭直筋
ペルビック・ロール(骨盤ロール)をしながら首と頭との関節にある筋肉をゆるめます。これもひとりで行なうときはゴルフボールが効果的です。

これも目がぱっちり開いたという方がいらっしゃいました。

以上です。

来週はメンタル・タフネスです。

 安田 登

未詳倶楽部レポート(3)

これは未詳倶楽部のレポートではありますが、先日も書いたようにそこで話した内容ではなく終わってから思ったことを書いています。

◆◆◆◆◆◆

昨日は「楽」という漢字が、ひょっとしたら【髑髏】と人を【幻惑】する<何か>とからなる漢字ではないか、という話をした。ちなみに「櫟」だという説も有力なのだが、話が複雑になるのでちょっと措いて・・・。

さて、「白」が髑髏だということを踏まえて、白に人偏がつくと「伯」、すなわちボスになる。これは覇者の「覇」と同じ意味だが、覇はもともとは「雨」カンムリに「革」という漢字で書かれていた。これは「雨にさらされた獣皮の意」だとするのは、これまた白川氏だ。

本を書くときなどはあまり白川説は引用しないが(うるさい人が多いので)、ここら辺はかなり面白い。

き『山海経』の大荒東経には「キ(漢字は図参照)」という幻獣が載っている。

その皮で鼓を作り、雷獣の骨で打てば、その音は五百里にも聞こえ、天下を威武することができるという。ちなみにこの「キ」、甲骨文ではかなり初期から登場し、殷の高祖でもあり、音楽神でもある。それが後世は幻獣とされる。

さて、『山海経』でも幻獣の皮だというし、白川さんも獣皮だと書くが、私はこれは人の皮ではないかと思っている。「キ」が殷の高祖でもあるということもあるし、また殷代の上帝祭祀の復元をしてみてもそう感じる。また、我が敬愛するパーカッショニストの土取利行さんから人間の皮や髑髏で作った太鼓の写真を見せてもらったたことがある。

『稲作儀礼と首狩り』(鳥越 憲三郎)という本もあるが、それだけでなくカニバリズムとの関連もありそうだ。ここら辺は何かの本に詳しく書きたいが、『中国古代の宗教と文化』(赤塚忠)によれば人身犠牲の儀礼である「将」礼の後、王は主祭者から主宰者へと変容するという。

能『翁』では、舞台上で太夫が翁の面をつけ変容が行なわれる。それに似る。

この「将」の礼のついて未詳倶楽部では、甲骨文を読んだ。

明日か明後日にそれを書いていこう。

今回は短いが・・・。

 安田

未詳倶楽部レポート(2)

では、昨日の続きを・・・。

あ、そうそう。昨日から書いている未詳倶楽部レポートですが、レポートとは言いながら未詳倶楽部で話した内容ではありません。終わった後で、未詳倶楽部での体験から思いついたことです。悪しからず。

◆◆◆◆◆

さて、超強力な、現代でいうならばさしずめ核兵器と細菌兵器と心理兵器を相乗したような強力パワー秘める「楽」を求めて、孔子は諸国を放浪した。

斉の国に行ったとき「韶(しょう)」という楽を聞いた孔子は、三ヶ月肉の味を知らずと『論語』にある。そして「図らざりき。楽をなすことの斯(ここ)に至らんとは」と感嘆する。

『論語』の中で「斯(ここ)」には、ただの代名詞ではない特別な意味がある。斯文といえば、儒教や儒者そのものを指す。それほどの意味だ。フロイトは本能的欲動を「エス(英語のit)」としたが、曰く言い難いときに非人称代名詞を使う。その「斯」だ。

そうそう。大正時代くらいの小説に「IT」というのがあって、ずいぶん前に復刊されて読んだが面白かった。当時の女性は「it」と聞くと顔を赤くしたとか。フロイトはとっても性的だからね。ITガールなんていうのもあった。モガみたいなもん。

それはともかく、「斯(ここ)に至らんとは」は「I got it !」 の非常に強いヤツだ。

でも、この「韶」ですら、殷の楽師たちが伝えた「楽」に比べれば未だしのものだったのではないか。いや、桑林の舞にすら及ばないものではなかったか。人を死に至らしめる桑林の舞ほどの力を「韶」が持っていたら、孔子は多分それを書いていた。

で、ここから先は今のところ単なる想像(というかお遊び)だが・・・

殷を滅ぼしたあと「楽」のもつ、その驚異的な力を恐れた<誰か>が「楽」を分散したのではなかったか。それはあたかも核兵器のような超強力兵器の部品や設計図を分散するようなものである。

それは永遠に組み合わされることはないはずなのだが、しかしかりに何かの機会があって組み合わされたとき、最後のキーとなるのが「微子(びし)」の末裔である宋の公族が伝えた桑林の舞だったのではないだろうか。これがない限り、それは発動しない。

ちなみに、「楽」を分散した人を、私は「周公旦」だと思っている。

ちなみに孔子が「韶(しょう)」を聞いた斉の国は太公望が封じられた国であり、桑林の舞の宋は微子、そして孔子の生まれた魯の国は周公旦が祖だ。魯については書いていくと非常に長くなるので、これは書籍か何かで・・。

◆◆◆◆◆

さて、桑林の舞を伝えた微子は、昨日も書いた通り、殷の最後の王である紂王の庶兄だ。楽師らの勧めに従って殷を見捨てて逃走した彼は、殷が敗北したときに降伏のさまを表現するのだが、それが不思議だ。

左手に羊を挽き、右手に茅を持つ。そんな姿で降伏する。

これはとても重要な象徴なのだが、それに関しては後日書く(書いたら、ここにリンクを張ります)。

また、宋の人々というのは「矛盾」の説話にも現れるように「笑われる民」だ。笑われることによって聖なる力を持つ、聖なる愚者たちである。わが国でも秘儀を伝える人々を賤民としていたのに似る。

そんな楽を求めて孔子は放浪した。どこかでそれらの部品や設計図を集め、強力な何かを作ろうとしていたのではないか、そんな空想をしてみる。

今回の未詳倶楽部では、久能山の東照宮に行ったが、それに向かうバスの中で松岡正剛さんが、家康のすごいところとして、当時の最新兵器である「鉄砲」を捨てたことにあるというお話をされていた。

古代中国では秦の始皇帝がこれを行なった。彼は、核兵器にも匹敵する「楽」を完全抹殺した。凡庸な王ならば、それを王の軍隊にのみ保存するとか、親衛隊にのみにこれを許すという政策を取っただろう。しかし、始皇帝はその危険性を知っていた。臣下の誰かが裏切って、「楽」を外に持ち出せば、それは却って自分を滅ぼす。

始皇帝は非常に攻撃的な人だと思われているが、万里の長城の建設を見ても分かるとおり、基本的には防御の人だ。家康に似る。ただ、あまりに死が早かったために、その秦帝国は次には終わってしまうのだが・・・。

◆◆◆◆◆

「楽」という漢字は甲骨文や金文では図のように書く。

楽甲骨楽金文『説文』では振り太鼓を楽器台の上に置くとし、白川静氏は、振り太鼓ではなく「手鈴」とする。白川氏は「柄のある手鈴の形で【白】が鈴の部分」(『字通』)だとし、「古代のシャーマンは鈴を鳴らせて神をよび、神を楽しませ、また病を療した」という。

さて、ここから未詳倶楽部に戻る。

昨日、会場に松岡流甲骨文字で「字身」が書かれ、そしてその周囲に「玄月(松岡さんの号)」と「安田登」という字が散らされていたということを書いた。

玄「玄月」の「玄」は金文では図のように書く。これは糸を捻った形で、黒く染めた糸。

老子が「同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり」というように非常に幽遠な幽玄の「玄」だ。だからこれは「幻」となる。人を幻惑するものだ。

さ、この「玄」の金文ですが、「楽」についているぴろぴろに似ていませんか。「楽」の周りのこのぴろぴろは、松岡さん「玄月」の「玄」であり、人を幻惑する「何か」なんじゃないだろうか。

じゃあ、真ん中の「白」は何か。白川氏はこれを「鈴」だとしている。

白ちなみに「白」の甲骨・金文を見てみると「楽」の真ん中の「白」とほとんど同じだ。これが「ガク(ハクから)」という音を現すという説がいいかなあ、とは思うだが、せっかくブログですので遊ばせてもらうと、白を鈴だという当の白川さんは「白」の説明を・・・

「頭顱(とうろ)の形で、その白骨化したもの、されこうべ」だとする。

雨露にさらされて白くなるので、「白」という色を表すようになるとし、偉大な指導者や強敵の首は、髑髏(どくろ)として保管された、というのだ(ちなみに白は親指の爪という説もあり有力。だから親指を立ててボスになる。これはともかく・・)。

あれ?となると「楽」の真ん中の「白」も髑髏なんじゃないの、と思ったりする。

台の上に髑髏を立てて、その周囲に人を幻惑する「何か」=松岡さんの【玄】をぴらぴらする、それが「楽」じゃないんだろうか。

・・というところで、これがまだまだ続くので、また今度・・・。

未詳倶楽部レポート(1)

未詳倶楽部レポート第1弾です。あまりに長いので何度かに分けてアップします。ただでさえ長すぎる!というお叱りがあるので。

今回はいつもの「ですます」調ではなく「である」調で失礼。

さて、時系列を無視すれば、火曜の電車の中の幻影から話は始まる。未詳倶楽部は土、日なので、未詳倶楽部が終って二日後。

この4、5日、睡眠時間が一日平均2時間くらいしか取れていなくて、火曜は不覚にも電車の中で数駅、眠りこけてしまった。そのとき手にしていたのが『書経』。明治書院の漢文大系版。周の時代のことが書かれた、周書と呼ばれる部分を読みながらの居眠り。周書に収められているものの起草は周公旦だということなので、周公旦を考えながらのちょっと寝だ(孔子に見つかったら叱られそう)。

で、夢に「楽(樂)」とう漢字が出てきて、それがこの数日のさまざまな出来事と結びついて、「あ、そうか」と思い至ったことがあった。むろん、まだ思いつきで、ちゃんと調べなければならないが、そこはブログの気安さで失礼するとして。

で、遡ればそれは、この土、日の未詳倶楽部と、さらにはその前日の土取利行氏とのおしゃべりから始まっていた。

未詳倶楽部での時系列的な話は今度することにして、二日間の中に松岡正剛亭主によるさまざまなしつらいがあるのだが、最後のしつらいはホテルの和室で、二日目の午後3時から始まった。松岡さんが「字身」と名づけたそれは、甲骨文を読みつつ、身体について考えていくという、普通の人が聞けば「何だそれ」というセッションだ。が、、それが許されるのが未詳倶楽部だ。

和室の壁に、甲骨文を松岡流に書かれた「字身」の書。真ん中に大きく書かれた「字身」のワキ(!)に散らされる、これまた松岡流甲骨文字の安田登と玄月(松岡さんの号)の文字。

この書を拝見したときに、何かが引っかかり、それが準備中からセッション中まで、喉にささった骨のように気になり続け、そしてそれが取れたのが電車の中の居眠りだったのだ。

が、そのことにを書く前にセッションの内容を。

◆◆◆◆◆

「字身」では、最初にDVDを見た。

松岡さんがホストとして白川静氏の事跡を紹介していく「知るを楽しむ」(NHK)の第一回目(最初の約12分)。白川さんが甲骨文をトレースしている姿やら、殷墟から出てきた人骨や犬の骨とか、CGで甲骨が現代の文字に変化するさまとか、松岡さんの愛宕山の火伏の話とか、あととても若い松岡さんとか・・そんな内容だ。

それから、その番組の内容に合うような甲骨文をみなさんと読んだ。『小屯南地甲骨』の中から、ちょうどいいのを見つけ、それを持って行った。

この内容に関しても今度詳しく書くが、人と犬を生贄にして神様にお願いをするという内容だ。

が、最初はその説明をせずに、まずは白川さんのように皆さんにもせっせとトレースをしてもらう。せっせとトレースしながら、これはどんな意味なんだろうということを考えていく。現代の漢字に直すとどうなるだろうか、などということも考えてやっていく(本当は「現代の漢字に直すとどうなるか」というのはちょっと違うのだが)。

で、そのあと、漢字の話をしながら、その内容を読み解いたり、殷代の上帝祭祀の話をしたり、さらにそれが前夜から続いている変容の祝祭劇としての能やカトリックの典礼の話(ちょうどその日が復活祭)の話ともつなげて、さまざまなおしゃべりをした。

さらに一枚の甲骨の中には物語りがあるということを、干支表と甲骨を附き合わせながら、見ていただいたが、ここら辺のことについては、今度ちゃんと書く。

◆◆◆◆◆

さて、そんなことをしながら、自分の意識のどこかでは松岡さんが書かれた「字身」が引っかかっていた。そして、それは孔子の放浪とつながって行った。

孔子は諸国を放浪した。その放浪の理由はふたつある、と私は思う。

ひとつは自分の理想である「礼」や「仁」による政治の実践の場を求めたため、すなわち就職のためだ。生国である魯の国で一度は宰相(大臣)まで勤めた孔子は、だからこそ魯においてはその理想の実現は不可能だと思い知って絶望した。孔子はそこで、他国に自分の理想の実現を求めて放浪する。孔子の放浪の理由として、ふつうはこちらが言われる。

が、これは求道者としての孔子像からするとちょっと変だ。あまりに俗的、卑小ではないか。『論語』から浮かび上がる孔子像からはほど遠い。私は孔子の放浪の本当の理想はこんなことではなかったと思っている。

孔子の放浪は、「楽」の探求、「楽」クエストとしての放浪だった、と思う。

「楽」は「礼楽」という風に礼と並び称される。礼とは本来、神や祖霊と交信する方法であり、それが社会に応用されれば家や共同体、さらには国家を治める方法となり、個人に応用されれば自己を完成させたり、変成意識状態を導いたりする方法ともなる。そのペアとしての「楽」である。

現在、中国の経書は五経、すなわち「易」「書」「詩」「礼」「春秋」だが、古くはこれに「楽」が加わって六芸と呼ばれていた。が、「楽」は秦の始皇帝の焚書坑儒によってその経が完全に失われてしまった。

いま当時の「楽」がどのようなものであったかを知ることはできないが、始皇帝がそれを完全抹殺しなければ収まらないほどに「楽」は恐ろしいものであったということは想像できるだろう。現代私たちが音楽に対してもつ、ちょっとナンパなイメージとは全くかけ離れた、恐るべき力をもった「楽」が当時存在していたのだろう。

それはすでにさまざまなところで紹介した『春秋左氏伝』の桑林の舞の故事などにも現れる。晋の国王は、宋の国の宴で桑林の舞を演奏する楽師が登場する際の旗を見ただけで、死に至るほどの病を得た。「楽」とはそれほどのものである。すなわち「楽」とはひとつの兵器ですらあったのだろう。

現代でも刃物を使う兵器もあれば、火薬を使う兵器もある。原子力を使う兵器もあれば、細菌を使う兵器もある。いや心理を使う兵器すらある。兵器といっても、その素材はさまざまだ。

そして当時、非常に大きな力をもった兵器のひとつが「楽」だった。それは「礼」とともに使用されたときに恐るべき力を発揮する。

◆◆◆◆◆

中国古代王朝の殷の末期にこんな逸話が残っている。

殷の最後の王は粗暴で知られた紂王だが、その兄に微子と呼ばれる人がいる。彼は紂王の兄であったが庶子であったために王位を継承せず紂王に譲った。さて、紂王の暴略が激しさを増したため、微子は何度も諌めるが聞き入れられない。周との戦いにも紂王に和睦をすすめるが、やはり聞かれない。

殷の王家に連なる者として身を捧げて殷の最後に殉じようか、あるいは殷を捨てて出奔しようかと悩んだ微子は周囲に相談をするのだが、その相手が太師・少師という二人だ。このふたりは楽師といわれる。こんな大事を楽師に相談した。これは記すべきことだ。

そして、微子はふたりの勧めのままに殷を捨てて出奔する。

孔子は殷には三人の人物がいたとするが、そのひとりがこの微子。あとのふたりのひとり、王子の比干は紂王を諫めたためにその心臓を暴かれ、もうひとりの箕子(キシ)は狂気を装い奴僕となったが紂王に囚えられた。

そして、殷の太師・少師は祭りの楽器を持って周に亡命する。

ちなみに当時は国が滅ぼされれば、その重臣たちは抹殺される可能性が高い(周はしなかったが)。楽師は特にそうだ。近・現代の革命や占領などでも、楽師が抹殺された国は多い。そういう中での亡命だ。よほどのものを持って行かなければ自分たちが受け入れてもらえるという安心はない。

最新鋭のミグ戦闘機を引っ提げて亡命を求めた旧ソ連兵士がいたが、亡命時にはそれほどのお土産が必要なのである。

そして、殷の太師・少師は祭りの楽器を持って亡命を求めた。当時の国際関係を考えれば、日本とソ連なんてものではない。祭りの楽器はミグ以上の兵器だったのだろう。

その亡命をきっかけに周は殷討伐の命令を下す。祭りの楽器がこちらにくれば、もう怖いものはない。それほどの力を楽器は持っていた。

そして殷滅亡のあと、ちょっとした紆余曲折を経て、微子は宋の国に封じられる。ちなみにこの宋の国こそ、晋公を死病に至らしめた、かの桑林の舞を伝える国なのである。

◆◆◆◆◆

あ〜あ、かなり長くなっちゃった。続きはまた明日(か、明後日)。

 安田

月曜日の朝日カルチャーセンター

月曜日は新宿の朝日カルチャーセンター。ロルフィングの4回目でした。

で、これは例によっての復習ブログですので、主に受講された方向けです。

というわけで、受講していただいた方、ありがとうございました。

私の講座にいらっしゃる方は、かなり筋肉好きというかマニアが方が多く・・・あ、違うかな。中にそういう方がいらっしゃって、皆さんがだんだん影響されるのかなあ、まあそんなわけで、どんどんマニアックなセッションが増えてしまいます。

今回もかなり濃い内容でした。みなさん、お宅に帰られてから大丈夫ですか。

前回などは筋膜へのアプローチの練習をしたら、レクチャーの間もご自分の腕をじわーって伸ばしたりしていたし・・・。電車の中などでやったら怪しい人だし、ご家庭の食卓では嫌われるので、ご注意ください。

●最初に「死生観の話」をしました。

・「生」の先に「死」があるという直線的な、<近代的生死観>と・・

・始原としての「死」から再生の「生」が始まり、また「死」→「再生」と、そのサイクルが循環する<神話的死生観>・・

の話です。

世阿弥のいう「初心」との関連や、これを日常で考えるとどういう風になるか、また身体との関連ではどういう風に考えるかという話を、『易』などもごちゃごちゃに混ぜて、またわけわからない話をさせていただきました。

ちょうどお彼岸も復活祭も近い日だったので(終わってますが)、そんなことを考えていました。

●腕ブラ復習

前回にやった菱形筋の復習です

●足ブラ

腕ブラの足バージョン。こちらは大腰筋の活性化です。

●腰方形筋ワーク

ベッドで行う腰方形筋伸ばしです。ひとりでもできますが、ペアの方に触れていただくとより楽に伸びます。

今回は、これがかなりマニアックになりましたね。ただ伸ばすだけでなく、みなさんすごいことやってました・・・。

●大腰筋ワーク

大腰筋に触れるというワークをしました。腹筋との違いに注意です。動いたときに「あ、硬くなった」と思ったらそれは腹筋だった、ということがよくあります。

●腰方形筋・大腰筋セルフ

立って行う腰方形筋のセルフワークと、椅子(あるいは正座)で行う大腰筋のセルフワークでした。

次回は最終回。お楽しみに。

 安田

未詳倶楽部:予告編

土曜、日曜と松岡正剛氏主宰の未詳倶楽部で「遊び」をしてきました。

能の笛方の槻宅(つきたく)聡さんにご一緒願いしました。

松岡さんとトークをさせていただいたり、レクチャーをしたり、ワークショップをしたり、パフォーマンスをしたりと大騒ぎの二日間でした。

土曜日は前のブログの通り、横浜の朝日カルチャーセンターがあったので、それが終わって、新幹線に飛び乗り静岡へ。

さまざまなことが起きたのですが、このことは徐々に書いていきます。詳しい内容は松岡さんもセイゴオちゃんねるで書かれると思います。

しかし、ハードな二日間でした。

初日などは部屋に帰って休めたのが夜中の2時。そのあとちょっと読書をして(このごろ非常に気になっている本があって、それを読んでいます)、翌日は8:30出発だったのですが、日課の写経やら、朝食やらがあるのでやはり6時起き。ほとんど2時間睡眠で日曜日のセミナーに突入。セミナー終了は17時。

でも、終わってからも新たな発見というかインスピレーションが沸き、特に「楽」という漢字について思うところがありました。

ここら辺は今度詳しく書きます・・・が、また漢字の話です。

漢字の話って、読んでいる人はどうなんだろう。つまらないかなあ。

まずは予告まで・・・。

 安田

横浜朝日カルチャーセンター:3/22(土)

土曜日の横浜、朝日カルチャーセンターにご参加いただいた方向けへの復習ブログです。

ほとんど四連休の土曜日という、とても大切な日にご参加いただき、ありがとうございました。

テーマは「和の身体技法とロルフィング」の二時間講座でした。

17:30終了で18:22の新幹線に乗らなければならなかったため、最後はバタバタと失礼しました。

ロルフィングも能もご存知ない方が多かったために最初にロルフィングと能について30分ほど話をしました。

それから「座る」、「立つ」、「腕ブラ」、「足ブラ」、「すり足」などを行ないました。

特に「腕ブラ」と「足ブラ」は、ご自宅でもぜひお続けください。

すみません、簡単で。不明なことがございましたら、和と輪のホームページからお問い合わせください。

 安田

土取利行さんのソロ・ライブ

土取利行さんのソロ・ライブがあります。

土取さんといえば、本当の(!)フリー・ジャズ・パーカッショニストで、ピーター・ブルックの芝居の音楽をずっとされているのでほとんど日本にはいらっしゃらないのですが、去年・今年と珍しく日本にいらっしゃいます。

氏をご存知ない方は、ぜひ氏のHPやネットで検索されると音楽好きの方は、ちょっとびっくりすると思います。フリー・ジャズだけでなく縄文の音をはじめ古代の音楽の復元もされていて、NHKの『知るを楽しむ』などにも氏の音楽が使われたりしています。

土取さんとは松岡正剛さんの紹介でお会いして那須の二期倶楽部の七石舞台で、桃山晴衣さんや近藤等則さんと共演させていただき、それ以来とっても親しくさせていただいています。

なかなか日本では土取さんのライブに接する機会がないのすが、今回はかなり間近で見れるし、しかもソロという信じられないほどの好機です。音楽好きの方はぜひ!

・・が、場所は甲府です。

3/29(土)夜19:30から桜座というところでされます。

前売り3,500円、当日4,000円というのも信じられないほどの安さだなあ。桜座は今回初めて知ったのですがHPを見て驚きました。ここの公演はすごいですね。

実はこの日は予定があったのですが、ちょっと早めに切り上げて甲府に飛んで行こうと、ただいま調整中です。

 安田

MBT再び

以前にMBTの靴のことを書きましたが、あれから舞台に行くときと、着物で歩くとき以外はいつもMBTを履いています。

少なくとも自分にとっては非常に気持ちがいい靴です。

さて、ある方からMBTについてうかがった話です。

その方はご高齢の方で、やはり人から進められてMBTを購入したのですが、疲れてしまって結局は履かなかったということ。ところがロルフィングを受けてから履いたら、全然問題なく履けて歩くのも楽になり、今では手離せなく(足離せなく)なってしまったとのこと。

MBTを購入されたけど疲れてしまったという方、足をチェックしてみるといいかも。MBTってそういうのを自然に矯正することもできるのかなあ・・・。

僕にとってですが、MBTは履くというよりも装備するって感じに近いです。紐を結んでから、靴の中でどちらかに足が引っ張られていないかをチェックしながら足の位置を調整したり、紐を締めなおしたりします。足をぶらんと楽にした状態で、足先がちゃんと膝の前に出ているかどうかをチェックするのです。

これをやると歩いていてとても楽です。MBTを履かれている方、ぜひお試しあれ。

 安田
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